よみタイ

罰を恐れずに言えば、神は「ゆるキャラ」、仏は「アイドル」なのだ

人の延長線上にあるのが仏。人を超えた存在が神

「仏教」という物語の中では、仏(ブッダ)とは目指すべき存在として描かれる。「成仏じょうぶつ」という言葉を聞いたことがあると思うが、まさしく「仏に成る」という最終目標のことを指す。みんな、仏になりたくて頑張る。それが仏教である。

したがって、仏には様々な種類(釈迦牟尼仏しゃかにぶつ阿弥陀仏あみだぶつ毘盧遮那仏びるしゃなぶつなど)があるが、すべて先輩アイドルなのである。僕たちはアイドルの研修生であり、『いつか釈迦パイセンのような後光が差して、苦しみから解き放たれた存在になろう…!』と思わせてくれる憧れの存在が「仏」なのだ。

それに対して、僕らは決して神にはなれない。それはまるで、僕らが二次元のキャラクターにはなれないように、生きている次元が違うと言ってもいいだろう。たとえば、神道では、あらゆる自然現象に「神」が宿ると説明され、森羅万象すべての現象を神の現れとして受け止める教え(「惟神の道かんながらのみち」)が説かれる。しかも物・自然を問わず、あらゆる現象に神格を宿し、「八百万やおよろず」と形容されるくらい数に限りがないとされる。

それってもう、ゆるキャラじゃないですか。
地元の特産品から、観光名所、企業まで、あらゆる存在に宿り、憑依し、擬態する。そして、僕たちの前に現れる。2015年のゆるキャラグランプリには、実に1727体もの有象無象のキャラクターが参加していたのだという。そんなゆるキャラに対して僕らができるのは、ただただ愛でるのみ。

『ふなっしーマジ可愛いwwww』
『オカザえもんシュールすぎて無理なんだけどwwwwww』

キャラが繰り広げるゆるやかな群像劇を、ただ受け止める。神々の遊びに我々が足を突っ込むことはできない

だから、仏教では仏を見習って「修行」するのに対し、神道では神に対して「祭祀さいし(祭り)」を行う。憧れの存在になるための努力と、人を超越した存在への接触、その違いだ。

同じような“尊い”存在の神と仏。それでもリスペクトの方向性が違うことが、これで少し理解してもらえたのではないでしょうか? 

なので、『仏って神的なやつ?』という質問に対する答えは『全然違〜〜〜う!』なのだ。誰だって『前田敦子ってくまモン的なやつ?』って言われたら『え?』ってなるでしょ。どっちも総選挙みたいなことをやってるし、どっちも尊いから間違ってはないんだけど!

人の延長線上にあるのが仏。人を超えた存在が神。そのように理解するとわかりやすい。

※宇宙そのものの化身である仏(大日如来だいにちにょらい)がいたり、もちろん例外もあるのでその点はご了承ください。

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稲田ズイキ

いなだ・ずいき●僧侶。1992年京都の月仲山称名寺生まれで現・副住職。同志社大学を卒業、同大学院法学研究科を中退、その後デジタルエージェンシー企業インフォバーンに入社。2018年に独立し、寺に定住せず煩悩タップリな企画をやる「煩悩クリエイター」として活動中。コラム連載など、文筆業のかたわら、お寺ミュージカル映画祭「テ・ラ・ランド」や失恋浄化バー「失恋供養」、煩悩浄化トークイベント「煩悩ナイト」などリアルイベントを企画しています。フリースタイルな僧侶たちWeb編集長。Twitter @andymizuki
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竹内佐千子

たけうち・さちこ●漫画家。おっかけ対象が男子で恋愛対象が女子のレズビアン。
自身の恋愛体験を描いたコミックエッセイをはじめ、おっかけ、腐女子、などをテーマにしたコミックエッセイを描き続け、最近はストーリー漫画も描いている。
赤ちゃん本部長』(講談社)、『これからは、イケメンのことだけ考えて生きていく。』(ぶんか社)など。
ホームページhttp://takeuchisachiko.jp/
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