よみタイ

諸行無常とは、いつか必ず訪れるアイドルの卒業みたいなものだ

だからこそ、今を大切にしないといけないのだ

「何事も終わりが存在する」

オタクでなくても、この現実を生きるのは辛い。
連載漫画にも必ず最終回が訪れ、熱々カップルもいつかは破局を迎えるということだ。

これが真理だとしたら、僕たちはどのように生きるべきなのだろうか?
ここで「諸行無常」の教えをいかに実践するか、が問われる。

時にオタクは、別れの悲しみに向き合えなくなってしまったためか、やけにニヒルな態度をとることがある。

それが「何事にも必ず終わりがあるから、別れは仕方ない」スタンスである。

かつての僕だ。
数えきれないほどのアイドルの卒業を経験し、もう身が持たなくなってきたせいか、大人になる過程で、卒業発表を聞いても「しゃあないしゃあない」と関西弁を決め込むピエロが、僕のスタイルだったのだ。

たしかに、しゃあないことは、しゃあない。アイドルは永遠ではない。

だがしかし、永遠ではないからといって、その「悲しい思い」と向き合わないのは、オタクにおける諸行無常の実践ではないと僕は思うのだ。

僕がそのことに気づいたのは、モーニング娘。の道重さゆみちゃんの卒業コンサートを観ていたときのことである。

「そっかそっか、もう歳だもんな、しゃあないしゃあない」。

そうやって自分の感情に蓋をしようとした。当時の僕流の諸行無常の実践だ。

でも、そんな言葉とはうらはらに、悔しくて、悲しくて、割り切れない思いが溢れてきたのだ。

悲しみの果てで、僕の思考が浮遊したのは、僕と彼女の人生の走馬灯である。

あの日、僕がオタクになっていなければ。
あの時、道重さゆみがモーニング娘。のオーディションを受けていなければ。
今、この瞬間はなかったのかもしれない。

この「今」は、オタクでいる自分と、アイドルでいる道重さゆみの交差点であることに気づいた。

あの日の握手があるから、あの日の歌があるから、あの日の彼女の諦めない心があるから、僕の「今」がある。
このライブ会場のサイリウムの光の数だけ、オタクの「今」があるのだ。
この横浜アリーナがそうであるように、道重さゆみの「今」も僕たちオタクの「今」があって成り立っている。
僕はこの「今」という一瞬がいかに尊いかをこの時、知ったのだ。

アイドルとオタクが出会えたことは奇跡だ。
そして、お互いに影響を及ぼし変化をしながら、「今」という一瞬を積み重ねている。

だからこそ、この「今」が尊い。
こうして共に過ごせている「今」を何よりも大切にしないといけないのだ。

この世が無常だからといって、過ぎゆくものに無情であってはならない。
喪失も虚無も超えて、今目の前で起こっている事象の有難さに気づき、感謝する。

これが僕が道重さゆみの卒コンから学んだ、諸行無常の理解と実践である。

大事なものは失って初めて気づく

諸行無常とは、アイドルにいつか卒業のタイミングが来るように「この世の全ての存在は変化し続ける」ということ。
さらにその中で、アイドルとオタクのように「お互いに影響を及ぼしあっている」ということ。
だからこそ、刻々と変化し続けているこの「今」を大切にするという実践が求められる。

時には、別れを直視できず、悲しみに暮れてしまうこともあるだろう。
そんなときは、アイドルがくれたあなたの「今」を見つめなおしてほしい。
その「痛み」も失った存在が与えてくれたものなのだ。

僕らはいつだって大事な存在を、失って初めて気づく。
でも、失ってからでは、遅いのだ。

全ての存在が変化しているということは、刻々とあらゆるものが「終わり」に向かっていることと同じ。
いま笑って歌っているアイドルも一歩二歩と卒業に向かって確実に進んでいる。

だからこそ、アイドルは永遠の存在ではないと心に留めながら、いつかお別れするその日まで、そしてお別れしてからもアイドルにもらったこの「今」を楽しむ。これが諸行無常の世を生きる「仏教的オタク道」なのだと!オタクの僧侶代表として言わせてもらおう。

アイドルは、人によってはロックバンドかもしれないし、漫画かもしれない。恋人だってそうだ。何であろうと「今」の尊さを忘れないことが何よりも大事なのだ。

ところで、諸行無常とは決して「終わり」だけをもたらすものではない。

一度は卒業した道重さゆみが再びアイドルとして復活したように、終わりもまた永遠ではなく、時として「始まり」にもなるのである。すべてのオタクに幸せがありますように。

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

関連記事

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

稲田ズイキ

いなだ・ずいき●僧侶。1992年京都の月仲山称名寺生まれで現・副住職。同志社大学を卒業、同大学院法学研究科を中退、その後デジタルエージェンシー企業インフォバーンに入社。2018年に独立し、寺に定住せず煩悩タップリな企画をやる「煩悩クリエイター」として活動中。コラム連載など、文筆業のかたわら、お寺ミュージカル映画祭「テ・ラ・ランド」や失恋浄化バー「失恋供養」、煩悩浄化トークイベント「煩悩ナイト」などリアルイベントを企画しています。フリースタイルな僧侶たちWeb編集長。Twitter @andymizuki
過去の執筆・出演記事はこちら

竹内佐千子

たけうち・さちこ●漫画家。おっかけ対象が男子で恋愛対象が女子のレズビアン。
自身の恋愛体験を描いたコミックエッセイをはじめ、おっかけ、腐女子、などをテーマにしたコミックエッセイを描き続け、最近はストーリー漫画も描いている。
赤ちゃん本部長』(講談社)、『これからは、イケメンのことだけ考えて生きていく。』(ぶんか社)など。
ホームページhttp://takeuchisachiko.jp/
Twitter @takeuchisachiko

週間ランキング 今読まれているホットな記事