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映画「インターステラー」は本格的な科学論文よりも先にブラックホールの姿を明らかにしていた!? 【ブラックホールの不思議/前編】※ネタバレあり

映画を見たことがある人はこのブラックホールの描写が圧巻だと感じたと思います。ただ、その映像だけでなく、学術的に価値のある論文を残した、ということも何より凄いことだと思います。
それはある数字からもわかります。
学術論文の影響力をはかる一つの指標として「被引用数」というものがあります。 研究者たちが論文を作成する場合、過去の論文を引用しながら完成させ、発表します。つまり、被引用数が多いということは、発展研究を生み出した量が多いということを示します。それだけその分野の研究において大きなインパクトを残したり、重要役割な役割を果たしたと言えるのです。

キップ・ソーン博士らによるこの論文の被引用数は、この記事を執筆している2024年4月時点で166。この数字は他と比べても多いのです。論文を書いたことがある身からすると、この数字には感服します。被引用数だけが論文の価値の指標になるわけではないものの、映画と組み合わせてこれだけ注目される研究となっている点を見ると素晴らしい取り組みだったと言えそうです。

同時に作品がアカデミー賞の視覚効果賞を受賞していることが、映像としてもいかに素晴らしいものだったのかを表していると思います。視覚効果賞は2024年は「ゴジラ−1.0」が受賞したことも記憶に新しいあの賞です。

学術研究として、映像作品としてそれぞれ評価を高めた「インターステラー」のブラックホール再現ですが、実は2019年にNASAがこの映像化がどれだけ正確だったかを改めて示した出来事がありました。

映画の公開から約5年後のことです。NASAが公開したブラックホールの再現画像は、インターステラーで示されたものと非常に似ているものでした。厳密な条件は異なるものの、基本的な構造がここまで近いと、やはり当時しっかりと作り上げられていたのだと実感します。

2019年、NASAによって可視化されたブラックホールのイメージ図 (NASA Visualization Shows a Black Hole’s Warped Worldより画像引用)Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/Jeremy Schnittman
2019年、NASAによって可視化されたブラックホールのイメージ図 (NASA Visualization Shows a Black Hole’s Warped Worldより画像引用)Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/Jeremy Schnittman

シミュレーションでブラックホールを再現する技術が進化する中で、ブラックホール研究の新局面も迎えます。
NASAがイメージ図を公開する少し前の2019年4月、ブラックホールの撮像に成功したニュースが世界を驚かせました。記憶に残っている方もいるのではないでしょうか。
この研究によって、ブラックホール周辺で重力によって捻じ曲げられた光の状態が明らかになり、さらに飛躍的にブラックホールの研究が進んでいくことが期待されています。

地球上の8つの電波望遠鏡を結合させた国際協力プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ」によって撮像されたブラックホール Credit: EHT Collaboration
地球上の8つの電波望遠鏡を結合させた国際協力プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ」によって撮像されたブラックホール Credit: EHT Collaboration

ただ、人類が持つ最強の目を持ってしてもブラックホールの解像度はこの程度です。インターステラーのおかげでブラックホールに対して高い解像度を持ってしまっている私たちからすると、少し物足りないかもしれません。

天文学には、理論と観測という大きな2軸があり、両者が切磋琢磨しながら成長してきました。理論が先に予想したことが100年の時を超えて実際に観測されたり、先に観測で見つけた不思議な現象を理論がなんとか説明したりと、相互に補い合いながら大きな発展を遂げてきたのです。
今、ブラックホールは、理論が少し先行していますが、ここから大きな技術進化があると、観測が追い抜いて新たな側面が見えてくる時代になるのかもしれません。

学術研究と映画という2つの分野それぞれにインパクトを与えたインターステラーのブラックホール描写。
ただの創作だと思って観るのと、科学的に確からしいものとして観るのでは、作品の見え方が大きく変わってくることを私は実感しています。元々好きな方も、まだ観たことない方も改めて鑑賞してみると面白いと思います。

次回はそもそもブラックホールってなんなんだろう?ということを解説します。

この記事のお供はこのお酒!

 北海道阿寒郡にあるブラッスリーノットの「KEARASHI(けあらし)」。ブラックホールの記事には絶対にスタウト(黒ビール)と思っていて、見つけた一本。イギリスの伝統的手法と言われている牡蠣の殻を使ったオイスタースタウトというスタイルです。極寒の日に海や川から立ち上る霧を指す気嵐は、“蒸発”していると言われているブラックホールを連想させます。残念ながらこの商品は終売してしまったようですが、他のラインナップもおすすめです!

 次回連載第15回は6月14日(金)公開予定です。

参考資料

Gravitational lensing by spinning black holes in astrophysics, and in the movie Interstellar/Oliver James, Eugénie von Tunzelmann, Paul Franklin and Kip S Thorne/2015/2/13

NASA Visualization Shows a Black Hole’s Warped World/NASA 2015/9/25

史上初、ブラックホールの撮影に成功 ― 地球サイズの電波望遠鏡で、楕円銀河M87に潜む巨大ブラックホールに迫る/国立天文台 2019年4月10日

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佐々木亮

ささき・りょう
理学博士。独立行政法人理化学研究所、NASAの研究員として研究に携わり、その経験と知見を生かし、ポッドキャスト「佐々木亮の宇宙ばなし」を毎日配信している。旬の宇宙トピックスを親しみやすく解説する内容で注目を集め、Apple Podcast日本ランキング3位を達成。第3回Japan Podcast Awardsも受賞する。現在はデータサイエンティスト、中央大学講師として活動している。
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