よみタイ

鈴木涼美「×××な男~酒と泪とオトコと美学」

メンヘラ製造男~すこーし愛してながーく愛してはキツイ話

女がお金を使うのは、何かが満たされないからだから、完全に欲しいものが手に入ってしまえば当然店でお金を使ってくれなくなるし、かといって欲しいものを一切与えてくれない男にはお金など使わず離れていくので、ちょっと満たして完全には満たさないという塩梅を守れるかどうかが、ホストとして大きく成功するかしないかに関わっている。
店に行けば、本当は2時間片時も離れずに一緒にいたいけど、ほかに彼を指名している客があれば当然彼の時間は半分以下しか自分に与えられないため、ホストにとって、完全に満たさないでおくという行為自体はわりと容易くつくれるものなのだけど。

さて、そんなわけでホスト狂いという存在は実際にやや狂っていて、お金を使わず彼に愛されるという状況を目指しながら、実際はどんどん使うお金が増えていくという大きな矛盾をあまり疑問に思わずに突き進んでいくので、周囲から冷静に見れば明らかに間違った行為だが、ホストクラブの中の異様な雰囲気はホストを知らない周囲にはわからない、とホスト狂い自身が理解されることを放棄して、周囲から自主的に孤立していく。

周囲からの理解を遠ざけると、自分もまた自分のいる状況を人がわかるように説明する、という行為を諦めてしまうため、どんな矛盾も勝手に処理した気分になって、どんどん奇行に拍車がかかり、カラオケでジャンヌダルクのヴァンパイアとか歌い出し、「何もいらないけれど証を下さい、誰も見えなくて壊れてしまいそう」「今すべてを無くしてもあなたが欲しい」のあたりでホスト狂い同士で深く頷き合うという異常な状態が続いていくのである。

さて、こうやって仕上がったメンヘラなホスト狂いたちのおかげで今宵も歌舞伎町に灯りが灯るので、ホストの行為には列記とした理由があるのだけど、ではホスト狂いと似たような異常な状態に女を陥らせる『凪のお暇』のような男というのは、何故そんなホストだったらお金を貰わないとやらない行為を、別にナンバーワンになる、とか、1000万プレーヤーになる、とか、ホスト的な目標もなしに続けられるのか。
女がメンヘラ化して助かるのは、そのメンヘラ化が異常なほどの散財やホスト通いに結実して稼ぎに直結するホストくらいだと思うのだけど、他のメンヘラ製造男は何が目的なのか。

なんの役にもたたないメンヘラ製造をおこなう理由は貧乏臭さ
なんの役にもたたないメンヘラ製造をおこなう理由は貧乏臭さ

私の仕事関係の知人男性で、常に飲みに誘って家に寄ってベッドにも寄る対象の女が何人もいる男がいて、彼との関係に片足を突っ込んだオンナは急速に普段の聡明さや冷静な判断力を失い、完全に彼を手に入れてはいないけど、彼はきっと私のことを好きなはず、という思い込みによって、非常に彼に都合よく振る舞うようになる。

確かに都合よく自分のことを最優先している女がたくさんいる、という状況は一瞬であれば便利なものだろうけど、そう思い込ませるには一緒にいる時に普通の彼氏が彼女にするのの何倍もラブラブで幸福な状況を作らなければいけないし、それが何人もいるということは色んな女に気を使わなきゃいけないし、何よりその状況が長引くと漠然とした不安により精神を蝕まれた女がどんどんやばいメンヘラと化して実害を及ぼすようになる。路上で大泣きされたり、交差点で平手打ちされたり、家の前でドアをどんどん叩きながら叫ばれたりする苦労は、一瞬の便利さを凌ぐくらいは面倒くさいじゃん。実際に私の知人男性は、そういった面倒によく巻き込まれているんだけど、こちらから見れば、なんでわざわざ? 売り上げにも繋がらないのに? むしろ色んな女に飯奢って気使って大変そうなのに? である。

その答えのヒントもホストくんたちの行動にある

そこに対する答えのヒントも実はホストくんたちがくれる。
ホストにとって一番避けたい事態は、売上が上がらないことや、メンヘラ化が末期になった客が大暴れすることを凌いで、営業日に自分の客が一人も来ないことである。
自分の客が来ていないホストというのは、先輩や後輩のテーブルをまわり、座り心地の悪い椅子で、タバコに火をつけて、酒作って、客の「なんか最近担当があんまりアフターしてくれない」みたいなどうしようもない悩みを聞くという地獄を味わう上に、イベントなどでは自分の客を呼ばないこと自体に罰金が生じたりもする。
よって、巧みに客をメンヘラ化させて狂ったようにお金を使わせるのが理想でも、それが達成されない場合は少なくとも店に最低料金でもいいから来てくれる客が何人か欲しいというのがホストたちの本音である。
だから、あんまり匠の技を持たないホストがする行為というのは、一度でも指名をくれた客をなんとか切らせないように、細く長くでいいから通ってくれるようつなぎとめることである。自分のことをちょっとでも好いてくれる人は、たとえ理想の相手でもなんでもなく、大してお金がなく、思い通りに動いてくれず、大して必要じゃなくとも、切らせない、これがホストの最初の基本。

そこから考えると、一般社会においてメンヘラを製造しながら色んな女を管理している男のしている行為というのは、要は自分がそれほど好きじゃない相手でも、自分のことを好きな相手を自分から完全に離れることがないように保存する行為のように思える。
それは博愛主義だからでも、より多くの女性を幸福にしたいというチャリティ精神でも、隣人を愛せ的なキリスト教的思想でもなんでもなく、非常にケチで浅ましく、ティッシュでもあぶらとり紙でも化粧品の試供品でも、街で無料でもらえるものはとりあえず取り逃さず自分のものにしたい、という考えに基づいている。
経験を増やしたい10代の男がとりあえずやらせてくれる女全員とやる、というような事態とはまた違った、自分のスタイルに合わなくとも無料でもらった服はとりあえずもらっておいてたまに着る、みたいなそんな男は、その貧乏くささから、非常に滑稽な格好をして街を歩くことになる。

付き合ってはくれないけど、なんか愛してくれる、という男の正体は、そういう、手に入るものに対して、必要・不必要の判断なしになんでも溜め込みたがる貧乏くさい精神を持つ者であり、自分が幸福にしてあげられない女を幸福にするために野に放ってあげる、すなわち嫌われてあげるという行為が、どうしてもできないケチくさい男なので、一緒にいる時間がどんなに甘美なものであっても、とっとと捨てるのが吉であるに間違いない。

完全に満たしてくれないホストは、ホストという職業を辞めてその塩梅が売り上げにつながらなくなってから今度は取捨選択をするようになるかもしれないが、ナチュラルに人間関係において貧乏くさい男というのは一生その捨てられない精神を手放さないため、たとえ自分がトンチをきかせてうまいこと付き合うという言葉で彼を自分のものにしたところで、すこーしは愛してくれるかもしれないし、ながーく愛してくれるかもしれないが、彼女の幸福のために他の女に冷たくするとか嫌われるということは絶対にしてくれない。

捨てられない男にしてあげられる最後の親切は、こちらが捨ててあげることで、それが奴らと縁を切る唯一の方法でもある。

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鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中からキャバクラ嬢として働きだし、20歳でAVデビュー、出演作は80本以上に及ぶ。2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、セックスに関するエッセイやコラムを多数執筆。
公式Twitter → https://twitter.com/suzumixxx

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