2019.10.27
東京で6度目のオリンピック。「メダルは今回が最も近い」と飛び込み・寺内健が思う理由とは?
いろんな景色を見てきたことこそ、他の選手にない寺内だけの強み
「東京五輪」内定をつかんだシンクロは正式種目となったシドニー大会以降、日本勢にとって初めての出場となる。採点は技の完成度よりも2人の同調性のほうがウエートを占める。「ここが難しい」と寺内は語る。
「無理に合わそうとすればするほど不思議と合わないんです。パフォーマンスもそれぞれ違うし、コンディションだって違う。練習すればうまくできるというものでもない。やっぱり一番は、パートナーとの信頼関係。ここに尽きると思います」
寺内のパートナー、坂井丞はひと回り下だが、呼吸はピッタリ。同じミキハウスの所属で、2018年のアジア大会(インドネシア)では銅メダルを獲得した。信頼関係を大切にするために、2人が決めた“ルール”があるという。
「練習中以外で競技のことは話さないようにしているんです。そうやってしまうとお互いにストレスを感じてしまうと思うので。シンクロって、言葉ですり合わせようとしても机上の空論になるし、結局は練習で試してみないと分からないところがある。合わせるんじゃなくて、結局は重なっていかなきゃいけない。お互いにストレスを感じたら、信頼関係にちょっと影響が出たりするかもしれないじゃないですか。だから競技のことをしゃべりたかったら、練習中に話をすればいい」
不安があったら、きっと練習以外でも確認したくなるもの。しかしそうしてしまえば無理に追い込むことにもつながる。「重なるため」に余計なものをそぎ落していくのも、キャリアが成せる業なのかもしれない。
メダルは手に届くところにあると感じている。
「このシンクロは世界ランク1位の中国がちょっと飛び抜けている感はありますが、2位以下の15組くらいは大きな差がありません。世界選手権で7位になって、自分たちが進んできた道のりは間違っていないと確信を持つことができました。オリンピックのメダルを意識して15年くらい経ちますけど、今回の東京が最も近いような気がしています。そこまで来ているんだという実感はありますね」
だが気負いすぎていないところに、寺内の「今」を見ることができる。無理やり背負い込んできて自分が見えなくなった経験があるだけに、常に心のなかの許容量を空けておくことを意識しているようにも感じる。
しかし無理やり許容量を空けようとしたら意味がない。
自然に、必然に、広げるやり方を寺内健は知っている。彼は「景色」と表現する。
「飛び込みに取り組んでいる選手のなかで、僕にある強みっていろんな景色を見てきたことなんです。オリンピックの経験も、サラリーマンの生活も、趣味や支えてくれるいろんな人との出会いも……。この年になるまでに得たものが凄く多くて、いろんな景色を見てきた強みを僕自身、今、凄く感じているんです。競技も楽しいし、競技以外も楽しい。いろんな景色を見てきたからこそ、こうやって競技をやれているのが“幸せだな”って思えるんです」
景観に色があって「景色」となる。
寺内の人生は思いどおりの色だけで塗られてきたわけじゃない。思いがけない色もあったろう。塗りたくない色もあったろう。周りの人が塗ってくれた色もある。それが全体の色になったとき、味のある景色が彼を待っていた。
東京オリンピックでは一体、どんな景色が待っているのだろうか。
重圧は要らない。視野を狭める必要もない。
ワクワクとドキドキ。
楽しもうとする充足が、見たことのない景色を寺内健にもたらしてくれるような気がしている――。
寺内健選手の最終回、いかがでしたか? サッカー中村憲剛選手から始まった連載「1980年生まれ。戦い続けるアスリート」は今回で終了になります。2020年1月上旬、加筆修正や追加企画も入れた単行本として集英社より発売する予定です。そちらもお楽しみに!
profile
てらうち・けん/1980年8月7日生まれ、兵庫県出身。ミキハウス所属。
地元のJSS宝塚スイミングスクールで、生後7か月から水泳を始め、飛び込みに転身。中2で日本選手権、高飛び込み初優勝。96年、高校1年でアトランタオリンピックに出場するなど、飛び込み競技の第一人者。2000年、シドニーオリンピックでは、高飛び込みで5位、3m飛び板飛び込みで8位入賞。01年、世界選手権の3m飛び板飛び込みで銅メダル、04年ワールドGPカナダ大会で国際大会初優勝など活躍。09年、現役引退。スポーツメーカーでのサラリーマン生活を経て、11年復帰。来年の東京オリンピックで6大会目の出場を果たす。
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