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二宮寿朗「1980年生まれ。戦い続けるアスリート」
不惑が間近に迫る年齢になりつつも、変わらず戦い続ける1980年生まれのアスリートたちに、スポーツライター二宮寿朗氏が迫るこの連載。
中村憲剛選手田臥勇太選手館山昌平投手大黒将志選手に続く5人目のアスリートは、V・ファーレン長崎の玉田圭司選手。初回はJ1復帰を目指して戦う長崎で奮闘する今の哲学について、2回目は、幼少時代から高校時代について、3回目はドイツW杯での活躍についてお伝えしました。最終回の今回は、初のJ1制覇と現在奮闘する長崎での未来について。

「お前が日本で一番」と言ってくれたストイコビッチのために。長崎FW玉田圭司は期待には必ず応える男である。

ふくらはぎひとつで、鍛えぬかれたベテラン選手のすごみがわかる。(撮影/熊谷貫)
ふくらはぎひとつで、鍛えぬかれたベテラン選手のすごみがわかる。(撮影/熊谷貫)

ストイコビッチと岡田、ふたりの名監督が玉田の復活を後押しした!

濃密という表現では収まり切れないほどの1年。

2010年、あれは玉田圭司にとって30歳になるシーズンだった。ケガに始まり、控えの立場から日本代表を支えた南アフリカワールドカップ、そして名古屋グランパスでの待ちに待ったリーグ初優勝……。
ジェットコースターのように過ぎ去ったあの年の、2年前にさかのぼる。

玉田はドイツワールドカップ以降、日本代表から遠のいていた。イビチャ・オシム監督が脳梗塞で倒れ、引き継いだ岡田武史監督から呼ばれたのは2008年3月、南アフリカワールドカップのアジア3次予選、アウェーのバーレーン戦。そこから彼は再び代表に定着していくことになる。

代表復帰の予感はあった。この年、名古屋ではクラブのレジェンドである“ピクシー”ことドラガン・ストイコビッチが監督に就任。前年、不本意なシーズンを送ったことで移籍も視野に入れていた玉田は、GMに就任した久米一正から連絡を受けたという。

「岡田さんが代表監督になって久米さんに『玉田をどうにか再生してほしい』と告げたらしいんです。そのことを久米さんから聞いて、そして来年からピクシーが監督としてやってくる、と。チームを出ようかどうか迷っていたんですけど『残ります』と伝えたんです」

名古屋で結果を出していけば、代表でも呼ばれるチャンスが広がるということ。
心機一転。ストイコビッチ新監督のもとでチャンスメークもこなす攻撃の中心を担い、岡田監督から声がかかった。
代表でも先発起用が続き、相手に奪われないキープ力によって味方の攻め上がりを促し、守備でもカウンター防止の役目を担った。アジア予選突破に尽力した。

2010年、迎えたワールドカップイヤー。

ドイツの悔しさを、南アフリカで。その思いを胸に秘めて前線で戦ってきた男の体は満身創痍でもあった。痛みを抱える右足首をかばうことによって左足首にも痛みが出るように。骨と骨の間に骨片が入っていたが、痛み止めの注射でしのいでいた。

4月の親善試合セルビア戦では左太腿打撲とケガは続く。ついにはワールドカップメンバー発表5日前の浦和レッズ戦で左内転筋肉離れを負ってしまう。

ドクターから告げられた診断の結果は全治一カ月。一瞬、頭が真っ白になった。だがすぐに気持ちを切り替える。1カ月なら本大会に間に合う。ドクターに頼み込んで、復帰まで長く掛かる可能性があることは伏せてもらった。

本人の努力や治療の甲斐もあってケガを治して間に合わせることができた。左足首の痛みすら消え、大会直前の強化試合イングランド戦に途中出場して復帰を果たすことになる。

「ドイツのときもそうでしたけど、大会が近づくにつれてコンディションがどんどんと上がっていきました。でもケガで出られなかった時期を挟んで、(メンバー変更など)チームの方針も変わっていくなかで(レギュラーとしては)出られないんじゃないかと思うようにはなりました」

1トップにはMF登録の本田圭佑が起用された。本田がどうこうではなく、FW登録ではない選手にポジションを任せなければならないことに複雑の気持ちがなかったわけではない。自分のコンディションも上がっていくなかで、その事実を受け入れなくてはいけなかった。

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二宮寿朗

にのみや・としお●スポーツライター。1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「サッカー日本代表勝つ準備」(実業之日本社、北條聡氏との共著)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)など。現在、スポーツ報知にて「週刊文蹴」(毎週金曜日)、Number WEBにて「サムライブル―の原材料」(不定期)を好評連載中。

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