2025.10.19
「ゼロからイチにとても惹かれるんです。Mr.Childrenもゆずもゼロからのスタート。AIに引っかからないものにも珠玉の価値はあると信じている」【トイズファクトリー代表取締役 CEO 稲葉貢一インタビュー後編】

次世代に手渡したい “インディーズ精神”
トイズファクトリーは2024年8月、「LITTLE TOY’S FACTORY」という新レーベルを立ち上げた。
掲げるコンセプトは、“アーティスト・ファースト”。
未完成でも胸を打つ原石の楽曲をすくい上げるための、インディーズ・プラットフォームである。
始動と同時に第1弾として、若手バンド5組(おもかげ/まおた/メトロワ/マイナスジジョウ/halogen)を収めたコンピレーションEP『KNOW THE FUTURE』を配信リリース。
同年8月17日には渋谷CHELSEA HOTELでリリース記念ライブを開催した
A&R(※著者注/レーベルの中でアーティストを見つけ、契約し、楽曲制作や方向性を一緒に考える役割を担う、いわば「アーティストの伴走者」)はトイズファクトリー代表取締役 CEOの稲葉貢一、そして、おもかげのリーダー・ひぐまかんたが共同で担当し、発掘から作品化、露出の導線までを素早くつないでいる。
メジャーの知見を生かしつつ、インディーズの速度と距離感で新しい才能に寄り添う――稲葉が長年をかけて培ってきたこの思想こそが、事業の核のようだ。
――トイズファクトリーについては他にも聞きたいことが山ほどあるのですが、紙幅の都合ですみません! LITTLE TOY’S FACTORYのことを聞かせてください。
「ゆずからまた、ずいぶん飛びましたね(笑)。ゆずを発掘した当時、僕はゼロから何かを生み出したいと考えていました。それからまた長い年月を経て、ここでまたもう一回、ゼロからのスタートに挑戦したいと思っているんです。ゼロとはつまり、まだヒナにもなっていないアーティストの卵ということです。具体的には高校生や10代の子たちを対象にして、僕が中心となって積極的に出会うようにしていこうと。次世代に残る、音楽、アーティストを、責任を持って人間対人間で向き合い、作っていきたいんです」
――LITTLE TOY’S FACTORYはインディーズという位置付けなんですか?
「アマチュアでやってるアーティストが、メジャーなレコード会社から音源をリリースするというと、何か急に大人がくっついた感があるじゃないですか。そういうのではないところでやりたいので、まさにインディーズです。トイズファクトリーならではのインディーズ的なやり方、それがLITTLE TOY’S FACTORYですね。80年代のインディーズバンドが、まず自分たちの曲を発表できる場ってオムニバスだったと思います。だからLITTLE TOY’S FACTORYもオムニバスから少しずつなんですよ」
――まさにインディーズ精神ですね。
「僕は、ゼロからイチが好きなんですよ。それは僕のモチベーションでもあるんです。だって、ゆずはお客さん3人しかいなかったんです。Mr.Childrenも30人でした。彼らはみんな、ゼロからスタートしているんです。AIの時代でも、引っかからないようなものにも価値があると思うんです」
――トイズファクトリーのように成長したレコード会社のCEOでありながら、ゼロからイチを追求し続ける稲葉さんのバイタリティーはどこから来るのでしょうか?
「基本は、自分の感動を人に伝えたいということだけなんです。自分がいいと思ったものを、自分なりに整えて、一緒に成長して、たくさんの人に伝えて、たくさんの人の笑顔なのか希望なのか、生きる糧になればいいなと。そういう気持ちは、この仕事を始めた時からずっと色褪せないし、全く飽きることはないんですよ」
――代表取締役 CEOとして、トイズファクトリーの社員に伝えたいことはありますか?
「仕事をしていると、『俺はこれをやったんだ』、『俺、こんなにすごいんだ』って言いたい気持ちが出てくるのはもちろんあると思います。でも、それよりも、僕はアーティストからトイズファクトリーに入って失敗したって、誰からも言われたくはないと思っているんです。そういう気持ちは、スタッフにも共有してもらいたいですね。そのためには、裏表なく、嘘を言わず、短期ではなくて中長期で誠心誠意、人としてアーティストと向き合うことです。アーティストとはできれば、何十年も共にしたい!」
――そういうお考えは、稲葉さんの中でトイズファクトリーの設立当時から変わってなさそうですね。
「全く変わらないんです。僕らは“アーティスト・ファースト”というコンセプトも掲げていますが、それは『アーティストに対してモノを言う』ってことなんです。アーティストの言うことをなんでも聞くとか、アーティストが喜ぶことだけをやればいいっていうのは間違いで、アーティストに対して提案をし、考え、ちゃんと向き合って会話して伝える。そういうリスクを持って結果を背負っていこうって言いたい。そうして向き合ってこそ、アーティストが真に輝くことになると思っていますから」
――なるほど。すごく勉強になりました。
「ちょっと綺麗事かもしれませんけどね。でも僕は本当にそう思ってますから。ラフィンノーズも僕は人生をかけて一生懸命やってたから、別れがどんだけ悲しかったか。誠心誠意、人生をかけて向き合ったアーティストで、一切適当にはやってなかったですからね」
インディーズ的な視点でゼロから才能を見出し、アーティストと誠実に向き合い続けてきた稲葉貢一。Mr.Childrenやゆず、その他数多くアーティストの成功を経てもなお、その根っこにあるのは「自分の感動を人に伝えたい」というシンプルな思いだ。
時代が変わっても、AIの時代になっても、最後に信じるのは人と人との出会いであり、そこからしか音楽も感動も生まれない。
トイズファクトリーが“インディーズスピリットを持ったメジャー”として歩み続ける限り、次の時代にもきっと新しい歌が生まれ、誰かの心を洗い、揺さぶるに違いない。
(了)

いなば・こういち/株式会社トイズファクトリー代表取締役 CEO。
1959年3月25日生まれ、神奈川県出身。81年、設立メンバーとしてバップに入社、88年、トイズファクトリーレーベルを設立。90年、会社として独立。以後、Mr.Children、ゆずなどを発掘。個性あふれる多様なアーティストが揃うレコード会社へと成長させる。
公式HP■TOY’S FACTORY
公式インスタグラム■TOY’S FACTORY
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1980年代に熱狂を生んだブームを牽引し、還暦をすぎた今もインディーズ活動を続けるアーティストから、ライブハウスやクラブ、メディアでシーンを支えた関係者まで、10代から約40年、パンクに大いなる影響を受けてきた、元「smart」編集長である著者が徹底取材。日本のパンク・インディーズ史と、なぜ彼らが今もステージに立ち続けることができるのかを問うカルチャー・ノンフィクション。
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