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有頂天KERA、the原爆オナニーズTAYLOW……還暦すぎてもインディーズなふたりのパンク哲学【佐藤誠二朗『いつも心にパンクを。』試し読み 第一章その1】

男性ファッション誌「smart」元編集長・佐藤誠二朗さんの新刊『いつも心にパンクを。Don't trust under 50』が8月26日(火)に発売になりました。
今回は書籍の試し読み企画として、「第一章 還暦超えてもインディーズ」の一部を抜粋、全3回に分けてお送りします。
1回目は、この書籍全体の始まりともなるKERAの還暦ライブから。有頂天のKERAと、the原爆オナニーズのTAYLOWのストーリーです。(文中敬称略。一部、ウェブ用に表記など調整しています)

(全3回の1回目 #1 #2 #3

KERAの還暦ライブから始まる物語

2023年3月25日の恵比寿ザ・ガーデンホール。開演時間の17時半になると客電が落ち、ショーのスタートを告げるオープニングSEが流れはじめた。

このとき早くも、客席を埋め尽くす僕のようなオールドナゴムファンの多くが、鳥肌を立てていたはずだ。なぜならそのSEは、有頂天が1986年9月にリリースしたメジャーデビューアルバム『ピース』の冒頭に使われていた音だったからだ。

ステージ上には2022年結成のバンド、KERA & Broken Flowersのメンバーを中心にホーンセクションも加わった大編成の演奏陣、そしてコーラスを務めるナイロン100℃の劇団員がずらりと並び、本日の主役の登場を待つ。ステージ背面のスクリーンには、現在に至るまでの彼の足跡をたどる映像が流れている。

おもむろにマイクの前に現れた御大を、すべての観客が喝采で迎えた。だが照明が後ろから当たっているため、シルエットしか見えない。 〝有頂天モード〟を象徴する、ウニのように逆立てたスパイキーヘアだ! ホール左右の壁面に、その姿が影絵となってデカデカと映り、神々しささえ漂う。一転してステージ上をまばゆい光が満たすと、KERAの姿が初めてはっきりと見えた。この還暦記念ライブのため特別に用意したのだろう、真っ赤なパンツを穿いている。そして一曲目の『神様とその他の変種』を歌いはじめた。KERA & Broken Flowersの前身、ケラ&ザ・シンセサイザーズ名義で2007年に発表した曲だ。KERAの伸びやかで自由自在な歌声は、〝あのころ〟と何も変わりなくて、僕はどんどん気持ちよくなっていった。

KERA還暦記念ライブは、三部構成になっていた。現在のKERAとユニット(No Lie-Sense)を組んでいるムーンライダーズの鈴木慶一や、初期のナゴムレコード時代からの付き合いである大槻ケンヂ、石野卓球、ピエール瀧。そしてもちろん有頂天のメンバー、劇団ナイロン100℃の俳優たちなどなど総勢48名のゲストが登場する、かつてのナゴム総決起集会のような一大イベントだった。

17時半スタート、22時半終了という5時間に及んだ長い長いライブの一部始終を見届けた僕の感想は、 「なんて愛にあふれたライブだ」というものだった。興奮醒めやらず、iPhoneで『土俵王子』などの初期有頂天を聴きながら帰路についた。 『おすもうさんの唄』や『ヤクザなピリカメノコ』 『ゲロ』なんていうぶっ飛んだ曲を聴いてキャッキャと喜んでいた高校生のころの僕も、KERAがオブラートに何重にもくるんで発していた愛に気づいていたのだろうか。考えてみたが、今となってはよく思い出せなかった。

還暦記念ライブで熱唱するKERA。(撮影/江隅麗志)※写真は書籍掲載分より
還暦記念ライブで熱唱するKERA。(撮影/江隅麗志)※写真は書籍掲載分より

還暦記念ライブの数か月後。取材のために用意した東京・三軒茶屋の小さな貸しスペースにやってきたKERAは、ファンに対する思いをこんなふうに語った。

「昔から来てくれている人には、本当に感謝してます。〝〇〇しかない〟っていう言い方は、今風であまり使いたくないんですけど、本当に『感謝しかない』と言うしかないんです(笑)。手を伸ばせば触れられる距離、顔が見える距離にずっといてくれたから、できたことがたくさんあるし、その人たちのことを思ってジャッジしてきたこともたくさんある。エライ人たちとケンカもいっぱいしたし。『いくら積まれたって、あの人たちを裏切れるわけないじゃん』みたいなね。

『もっと大人になれ。みんな割り切って売れていくんだ』みたいなこともさんざん言われましたけど、裏切ることができると思われていることのほうが心外で。我々がまだ何者でもなかったころから自分の価値観で見てくれていた10人とか20人の方たち。入れ替わったり、一回引っ込んでまた戻ってきたりもしているんでしょうけど、そういう、一緒に腹を立ててくれたり楽しんでくれたりした人たちに、僕は助けられてきたんだと思うんです。『同じ時代に生きていられて(嬉しい)』って言ってもらうこともありますけど、『こちらこそ!』っていう気持ちです。ただし、それと同時に無理強いもしたくない気持ちもあるんですよ。『若いころには来てくれたのに、なんで来なくなったんだよ』って言っても、みんな事情があるしね。みんなそれぞれの人生があるから。物価高もすごいしさ(笑)」

だから、無理やり手を引っ張りたくはない。だけど「冷静に考えてもらったら、ある程度の人が選んでくれるという自信は相変わらずある」、KERAはそう続けた。

2025年3月14日に渋谷クラブクアトロでおこなわれた、有頂天再結成10周年ライブのMCで、KERAは印象的な言葉をつぶやいている。

「今は本当にみんなにありがとうって思います。いや〝あのころ〟だってそう思っていなかったわけじゃないよ。ありがとうと思ってても、『ケッ』って態度でいなければならないポジションに座らされちゃったからさ。でも、まあ今ほどは思ってなかったかな(笑)」

劇作家ケラリーノ・サンドロヴィッチとして日本演劇界の第一人者になった今も、KERAはコンスタントにさまざまな形で音楽活動を継続している。年に数回のペースで開催される有頂天のライブで客席を見回せば、昔からのファンが大多数。一方、ティーンエイジャーと思しき若い客もちらほらと交じる。なかには、親から聴かされて好きになった人もいるのだろうし、ネットを駆使してレジェンドバンドである有頂天とKERAのことを自力で発掘した人もいるのだろう。そうした若いファンへの思いも尋ねてみた。

「時代に関係なく、若い子には来てほしいです。こういうヘンテコリンなものが好きな人とか、今の時代にないニオイを求める人って必ずいるんだろうけど、そうした層にはまだ全然行き届いてないのかなって思います。情報って継続しないから、ケラリーノ・サンドロヴィッチはKERAだったのか⁉って、今さら気づく人も随時いますし(笑)。だから、何のきっかけでもいいので、興味を持ってライブに来てくれたり演劇を観てくれたりしたらと思います。そういう若い子に届くといいなと、ずっと思っていますけどね」

そんなKERAに、どうしても聞きたかったことがある。KERAが活動を始めた1980年代は、もちろん一定の制約はあったが、今よりずっと自由に言いたいことを言ってやりたいことをやれる空気があった。客のほうもそれを求めていた時代である。それに比べると、現在はかなり不自由になっているのは間違いなく、あのころから継続的に表現活動しているKERAは、今の社会風潮に対してどう折り合いをつけているのかということだ。

KERAはしばしの思案ののち、静かに語った。

「確かにその通りで、もし自分が若いころに今のようなムードだったらどうなっていただろう。犯罪に走っていたかもしれない。わがままで人の話もまったく聞かなかったから、年を取ってからでよかったなって思います(笑)。あのころはみんな何でも驚いてくれたし、驚いてくれるからこっちも限界までやりました。それでバランスが取れていたから平和に見えた。新宿アルタ前でラフィンがソノシートをばらまいたり、有頂天が無料ライブをやって大騒ぎになったり、(電気グルーヴの)石野と瀧が意味なく全裸で記者会見をやったり……。あのころ、全裸になることはなんでもなかったなぁ。劇団健康の初期の舞台では、カーテンコールですら服を着ていない人がいました。僕は僕でお客さんに対して『だまれ』『うるせえ馬鹿』『二度と来るな』って悪態をついていました。もちろん当時から、トゥーマッチなものに対する拒絶反応は一定数あったでしょうけど、やり過ぎこそが歓迎されがちな世の中ではあったと思います。今はなにかと怒られちゃう。表現にとっては、とても不幸なことだと思いますよ」

KERAは、「いいこと言ってるんですよ」と、ブライアン・イーノ(イギリス出身の音楽家・プロデューサーで、アンビエント音楽の先駆者)による以下の言葉を引用した。

 そもそも芸術や文化というのは、個人が〝かなり極端でどちらかというと危険な感情を体験するための安全な場所〟を提供するものであり、芸術や文化がこれまで受け入れられてきたのはそうした精神状態をすぐにオフにできるからで、さまざまなアートはこういう形で人々にとっての刺激になってきたのだ。
『A Year with Swollen Appendices: Brian Eno’s Diary』(ブライアン・イーノ著 1996年)

「ところが今は〝危険な感情〟を想像をすることすらいけないと思われている節がある。〝やってはいないけど思ってはいるでしょ⁉〟と批判されるんです。頭のなかぐらい、自由にさせろよ!って思いますよ。そこまで踏み込まれる空気が、なんでできちゃったのかな?って思うんです。このままだとどうなっちゃうのかなって、かなり心配。だから、これからバトンを渡す若い人たちに対して、僕が何かしてあげられることはないかなという気持ちも常にあるんですよ」

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新刊紹介

佐藤誠二朗

さとう・せいじろう●児童書出版社を経て宝島社へ入社。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わる。2000~2009年は「smart」編集長。2010年に独立し、フリーの編集者、ライターとしてファッション、カルチャーから健康、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動を行う。初の書き下ろし著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』はメンズストリートスタイルへのこだわりと愛が溢れる力作で、業界を問わず話題を呼び、ロングセラーに。他『オフィシャル・サブカル・ハンドブック』『日本懐かしスニーカー大全』『ビジネス着こなしの教科書』『ベストドレッサー・スタイルブック』『DROPtokyo 2007-2017』『ボンちゃんがいく☆』など、編集・著作物多数。

ツイッター@satoseijiro

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