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本を出版すると爆モテするって本当?【山下素童×カツセマサヒコ ゴールデン街対談】

女性の部屋の描写がすごい理由

カツセ 『彼女が僕とした~』を読んでいて思ったんですけど、女の人の部屋のディテールだけ異常に細かくないですか(笑)。

山下 それは女の人の部屋に入れてもらえるというのが嬉し過ぎるからです(笑)。

カツセ 描写が本当に緻密だと思って。急にレンズを替えて見ている感じが。

山下 人生経験として女の人の部屋に行ったことがほとんどなかったんですよ。だから女の人の部屋に入る度に新鮮な気持ちになります。本の中に出てくる女性はみな部屋が汚かったのですが、「女の人の部屋がこんなに汚いんだ!」って驚いてその瞬間にアドレナリン出まくりでした(笑)。

カツセ 汚い部屋に入るときって、普通「十分待って」というやり取りがある気がするんですけど、そこを挟まずいきなり一緒に入れる壁のなさが、この著者の売りであると感じましたね。

山下 そういう読み方するの、すごいですね。

カツセ 僕もたぶん、女の人の部屋が大好きだから(笑)。

山下 たくさん行ったことがある人の意見(笑)。でも、モデルになった女の人の部屋にその後、二度三度行くことがあったんですけど、二回目からはありましたね、「十分待って」。

カツセ 不思議ですね。初回はOKだったのに。

山下 たぶん最初は、相手もかましたかったんだと思う。

カツセ 試してるってこと? 

山下 男の一部にもいますよね。こんな汚い僕をありのまま愛してくれ、みたいな人。

※小説すばる8月号にこの対談が掲載後、小説のモデルになった女性から山下宛に「その解釈は違います。部屋が汚い自分をありのまま愛してほしいとかではなく、おそらく汚いと思いながらも部屋に入れたら思ったより部屋が汚かっただけでした」と電話が来た。【山下素童さん注記】

カツセ ああ、すごいですね、その駆け引き。ゴールデン街っぽ過ぎます。一回目は、もう会わないだろうという可能性も加味しているんですよね、きっと。

山下 言われてみれば、たしかにそうですね。

カツセ それが二度目があったということで、急に恥じらいが生まれるというのはなんだかちょっとドラマがあっていいですね。

山下 すごいですね、カツセさんの女の人の部屋に関する読み込み方(笑)。経験の厚みが違う。

カツセ いや、違う違う違う(笑)。『彼女が~』に出てくる女性がみんな魅力的だったので、読んでいて楽しかったんですよ。そのへんにいそうだなとも思うし、でも、絶対に出会えないだろうなという感じがすごく好きでした。

『明け方の若者たち』の風俗描写

──ゴールデン街に来るまで、山下さんはどこで物語を求める気持ちを満たしていたんですか。

山下 風俗でした。そういえば『明け方の若者たち』にも風俗描写がありますよね。アスタリスクで行間を空けた後に「チャイムの音がした」という一文から満を持して始まる風俗レポパート。あれ、めちゃくちゃよかったです。

カツセ 全然風俗に行かない人生なので、一回書いた後に、風俗通いをしている男友達に読ませたら、「ピンサロとかいろいろ混ざっちゃってるから書き直したほうがいい」って言われて。「そもそもこのご時世、渋谷に箱ヘル的なところはめっちゃ少ないぞ」みたいな話をされて「そうなの?」みたいな感じになって、何度か書き直したんですよ。

山下 店舗形態のディテールのリアルさは当然として、主人公の男と風俗嬢の関わりの描写がすごかったです。感動しました。

カツセ ベッドの上の会話のやり取りとかですか?

山下 はい。風俗って匿名的な人間関係になれる場所じゃないですか。でも、性行為は個別具体的な関係を求めてしまう行為。そのギャップに引き裂かれる主人公の男の心理描写が丁寧に描かれていると思いました。

カツセ あのシーンをそんなふうに読む人がいるんですか。嬉しいですね。

山下 小説でも漫画でもそうですけど、普段は風俗描写にあまり感動しないんです。風俗という世界は社会の底辺として表象されがちで、その偏見の域を出ない作品が多いです。『明け方の若者たち』の風俗レポパートは、風俗嬢を下に見るような感じがなく、寄せては引いて、引いては寄せる、主人公の男が心の内で感じている風俗嬢との水平的な距離の感覚が、短いページの中で凝縮した形で描かれているのがすごいと思いました。

カツセ プロの意見だなあ(笑)。

山下 ツイッターで「カツセ 風俗」で検索したんですけど、まだ誰もその魅力に言及していませんでした。リテラシーが低いんですよ、みんな。

カツセ いや、あなたのリテラシーが高過ぎるだけなんですけど(笑)。風俗嬢とのやり取りについては今まで一度も言われたことないですね。

山下 カツセさんは人の呼び方で距離を表現するところがすごいです。風俗に行って、まず主人公の男は「黒澤」という偽名を使う。やってきた「ミカ」という源氏名の風俗嬢のことを、最初は「元・保育士、現・古着屋店員の風俗嬢」と明らかな記号として扱う。それからプレイに入って、元カノに対してだけ射精していた主人公の身体が勃起してしまったときには「女が口の中で、僕を舐め続ける」と風俗嬢を元カノと同じ「女」とカテゴライズする。主人公の男が風俗嬢との会話で心が通じ合ったと思った瞬間には「古着屋店員でもない、保育士でもない、風俗嬢でもない女性」と今度は一人の女性として認識し始める。それで最後に、元カノに振られて生じた「誰にぶつけて良いかわからなかった感情」を思いきり風俗嬢にぶつける。一人の男が自分が抱えている感情をぶつけるまでに、様々な抽象度で風俗嬢のことをカテゴライズしながら距離を測っている感じが、人の呼び方で表現されていると思いました。

カツセ すごい。発売当時に言ってほしかった。そうか、そういうふうに読めるんですね。

山下 このシーン、そんなに強く書きたかったわけでもないんですか?

カツセ 主人公の人生のどん底はどこなんだろうというのを考えなきゃいけなくて、それはお金を払って出会った人に情けなく泣き出して伝えてしまうシーンがいいなと思って。しかもこの風俗嬢が優しいから話したというのではなく、苛々するぐらいに思っている相手に吐き出しちゃうのがどん底かなとは思っていました。実はすごく好きなシーンです。

山下 なるほど。風俗に行く男の人の精神状態が解像度高く描かれているので、風俗嬢の方が読んでも面白いと思える風俗レポだと思います。

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新刊紹介

カツセマサヒコ

1986年東京都生まれ。一般企業勤務を経て、2014 年よりライターとして活動を開始。2020年『明け方の若者たち』で小説家デビュー。東京 FM でのラジオパーソナリティや雑誌連載など、活動は多岐にわたる。著書に『夜行秘密』。

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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