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『本を読んだら散歩に行こう』出版記念対談! 中島京子×村井理子「谷ありすぎ山だらけ!? ドラマあふれる五十代の日常」

『本を読んだら散歩に行こう』出版記念対談! 中島京子×村井理子「谷ありすぎ山だらけ!? ドラマあふれる五十代の日常」

認知症が作り出すストーリーの不思議

村井 認知症なのに元気で運動神経がいい義母は車の免許の更新ができてしまって、返上をお願いしたらものすごく怒ったんです。ケアマネさんもビビるくらい揉めました。最終的には義母が「よその車が壁に激突して人が亡くなるのを見たから返上を決めた」と言い出して決着。義母の頭には妄想や幻想が渦巻いていて、それらを組み合わせて自分が好きなストーリーを作るみたいです。

中島 それをお作りになるところがすごいですよね。きっと自分でも「もう運転は無理」とわかっていたから、自分を納得させるストーリーを作ったわけでしょう? 本当に認知症という病気は興味深いですよね。

村井 宛名が女性の郵便物が義父母宅に誤配されたときは、義父が浮気をしていると言い出しました。そんなはずはないのに、義母からすると理にかなっている。だからゆずらないんです。

中島 お義父様はモテる方でしたか?

村井 全然違います。真面目一徹で。義父を愛しすぎてるんでしょうか。だからお願いしているヘルパーさんは、ほぼすべて男性です。

中島 私の父はたびたび徘徊しましたが、財布を持たずに喫茶店でお茶を飲んでいたりするんです。「見つけた!」と思ってお店に入っていくと、「高等学校のときの友だちと会っていて、彼は今帰ったところだ」と言う。ちゃんとしたストーリーになっているのだけれど、父がストーリーを作っているのか、それとも私たちには見えないことが起こっているのか。どういうことなんだろうと思いましたね。

村井 私と義母は仲が悪かったけれど、私に子どもが産まれてからはそれなりに友好的ではあったんです。今のような関係に切りかわったのは、病院で「認知症です」と言われた瞬間から。

中島 そうなんですか。

村井 自分で「不良」と書いた半紙付きのビール瓶を「あなたへのプレゼント」と言って渡されたり、私にだけ足で踏みつけたコロッケを持ってきたり(笑)。そんなことが五年くらい前からあって、私へのいじわるだと思っていましたが、「すべて認知症のせいだったんだ」と納得がいきました。

中島 そこまでのいじわるは小説家でも思いつかないですよ(笑)。

村井 「事実は小説より奇なり」みたいなことがいろいろありましたが、認知症だったとわかった瞬間、何とも思わなくなりました。

中島 病名をはっきりさせることって、やっぱり大事ですね。村井さんが何とも思わなくなったことで、お義母様も安心して今の関係を作られたのでしょうね。

村井 認知症以外に特に問題がない場合は、その人のどこが欠けているのかわかりにくいと思います。全体が平均して欠けていくのではなく、点で打つように欠けていく。全体的に見ると昔とあまり変わらないから、私もあれだけ義母の近くにいたのにわからなかった。例えば彼女は身辺のことはすべて自分でできるけれど、包丁は使えない。そういう感じです。

中島 認知症という病気は、本人がつらいでしょうね。特に初期が。自分ができたはずのことができない。なぜ自分がここにいるのかわからない。そういったことが周囲にばれずに起きている期間が相当長いのだろうなと想像します。ウチの父が鬱状態になったのも、認知症が始まった頃でした。

村井 鬱と認知症の初期は似ていると聞いたことがあります。

中島 「齢をとって気難しくなった」と思っていましたが、認知症だとわかって「ああ、やっぱりそうか」と。ただ私の場合は父との仲に特に問題がなかったので、そのときそのときの姿を受け入れていった感じです。私としては、父の変化を面白いと思えたことが救いでしたね。父にとってもそれでよかったんじゃないかな。本人が一番つらいのに「なんでこんなことするの」と責めたりしたらギクシャクするでしょうし。

村井理子著『本を読んだら散歩に行こう』(集英社)
村井理子著『本を読んだら散歩に行こう』(集英社)
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村井理子

1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』『村井さんちの生活』 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』『ブッシュ妄言録』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『ふたご母戦記』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』『義父母の介護』など。主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖』『エデュケーション』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』『ラストコールの殺人鬼』『射精責任』など。

무라이 리코
1970년, 시즈오카현 출생. 번역가, 에세이스트. 주요 저서로 『오빠가 죽었다』 『낯선 여자가 매일 집에 온다』 『필요 없지만 고마워: 항상 무언가에 쫓기고, 누군가를 위해 지쳐있는 우리를 구원하는 기술』 『하리, 커다란 행복』 『가족』 『빨리 혼자가 되고 싶어!』 『무라이 씨 집의 생활』 『무라이 씨 집의 꽉꽉 채운 오븐구이』 『부시 망언록』 『갱년기 장애인 줄 알았는데 중병이었던 이야기』 『책 읽고 나서 산책 가자』 『쌍둥이 엄마 분투기』 『어느 번역가의 홀린 듯한 일상』 『시부모 간병』 등이 있다. 주요 번역서로는 『요리가 자연스러워지는 쿠킹 클래스』 『어둠 속으로 사라진 골든 스테이트 킬러』 『메이드의 수첩』 『배움의 발견』 『포식자: 전 미국을 경악하게 한, 잠복하는 연쇄 살인마』 『사라진 모험가』 『라스트 콜의 살인마』 『사정 책임』 등이 있다.

X:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

中島京子

なかじま・きょうこ●1964年東京生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。早稲田国際日本語学校、出版社勤務を経て1996年にインターンシップ・プログラムスで渡米。翌年帰国、フリーライターとなる。2003年『FUTON』で小説家デビュー。2010年『小さいおうち』で第143回直木三十五賞受賞。14年『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花文学賞受賞。15年『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞・第4回歴史時代作家クラブ作品賞・第28回柴田錬三郎賞をそれぞれ受賞、『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞・第5回日本医療小説大賞をそれぞれ受賞、2020年『夢見る帝国図書館』で第30回紫式部文学賞を受賞、2022年『ムーンライト・イン』『やさしい猫』で第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、2022年『やさしい猫』で第56回吉川英治文学賞受賞。
著書に、小説『イトウの恋』『平成大家族』『ゴースト』『キッドの運命』『オリーブの実るころ』、エッセイ『ワンダーランドに卒業はない』などがある。

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