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『本を読んだら散歩に行こう』出版記念対談! 中島京子×村井理子「谷ありすぎ山だらけ!? ドラマあふれる五十代の日常」

『本を読んだら散歩に行こう』出版記念対談! 中島京子×村井理子「谷ありすぎ山だらけ!? ドラマあふれる五十代の日常」

長く生きてきたからこその“懐かしスイッチ”

村井 病気をして以来いろいろなことが変わり、闘病記をよく読むようになりました。「あの人はあんなにギリギリの状態まで行ったのに復活したのだから自分も大丈夫じゃないか」と思える。安心感が欲しいのかもしれません。

中島 私は年齢や経験で選ぶ本が変わったということはありませんが、若い頃に読んだ本を読み返したいと思うようになりましたね。読み返してみるとほとんど忘れているから(笑)、初めて読んだくらいに楽しめる。でも、一度は読んでいるから入りやすいんです。昔の印象と違ったり、意外なところが響いてくるのも面白い。読みたい本が積み上がっていくばかりですが、なるべく再読の時間を作って、読み逃していた古典なども読めたらいいなと思っています。

村井 私は田舎暮らしなので車の運転が必須で、運転中にオーディオブックを聴き始めたらこれが面白くて! 音楽だと曲によっては運転が乱暴になりますけど(笑)、小説の朗読だと落ち着いて運転できる。翻訳の仕事でノンフィクションを読むことが多いので、小説を読みたい欲が高まっているのかもしれません。“ナレーター買い”までするようになりました。視力に問題のない私でもこんなにも楽しめるのだから、いろいろな理由で文字が読みづらい方にはすごくいいと思います。

中島 私は基本的には紙の本ですが、電子書籍も読むようになりました。電子は「今すぐこの本を読まねば」というときすごく便利。文字を拡大できるのも助かっています。最近楽しいのは、料理の本を見ている時間ですね。疲れたときに紙の本できれいな写真を眺めていると、心がなごむんです。山本麗子さんや栗原はるみさんの本が多いかな。

村井 料理の本には確かに癒し効果がありますね。私は30年くらい前に愛読していたボロボロの料理本を今でも持っていて、たまに開くと“懐かしスイッチ”が入って、あたたかい気持ちになるんです。「あのときこれを作ったな」とか。

中島 あのとき誰と食べたとかね。

村井 そうなんです。自分で作った料理のスクラップブックを見ても、“懐かしスイッチ”が入りますね。でも今の私は料理欲がすっかり失せて、イヤになってしまって(笑)。あんなに好きだったのに。

中島 最近読んだある調査によると、50代女性の「料理好き」の割合が激減していて、直近では女性年代別で最下位なんですって。(同席した女性一同納得の声!)ご家族の食事を何十年も作ってきたかたは疲弊ひへいしてイヤになるだろうなと思います。私が「料理はわりと好き」と言っていられるのは、家族が夫しかいないからかも。

村井 作ったものを食べてもらえなくて傷ついたとか、自分の味に飽きたとか、理由はいろいろありますが。

中島 村井さんはお料理の本も出していらっしゃるから、ちょっと意外です。

村井 罪悪感は全然ないんです。もちろんからだのメンテナンスを考えれば、ちゃんと食べることは大事。でも病気をして食事の塩分をかなり抑えなければならなくなったとき、考えが変わりました。自分で完璧なものを作ろうとするより、多少お金はかかってもプロが作った美味しいものを導入したほうがいいんじゃないか、と。
昔の料理の本を見ると“懐かしスイッチ”が入るように、懐かしいという感情は自分にぴったりのエンタメのようなものだと思うんです。私は仕事が行き詰まると犬とドライブに出かけて、兄がファンだった松田聖子の曲を大音量でかける。『瞳はダイヤモンド』を一緒に歌うと “懐かしスイッチ” が入り、コンビニで犬とソフトクリームを食べて帰宅すると “頑張るスイッチ” が入る。そんな感じなんです。最近思うのは、松田聖子の曲の歌詞はすごいな、ということ。『秘密の花園』の「他の娘に気を許したら 思い切りつねってあげる」とか、『天国のキッス』の「泳げない振りわざとしたのよ」とか。

中島 ああいう歌詞は今ちょっとないですよね。

村井 あの時代の女性のかわいらしさのつくりかたとか、恋愛のありかたとか、見えてきますよね。若い頃は懐メロの意味や良さがわからなかったけれど、すごくわかるようになりました。こういうことって50代のいいところなのかも。

中島 長く生きていると、今まで見えなかったことがいろいろと見えてきますね。

村井 将来私がデイサービスに行くとき、音楽は何が流れているのかな……スピッツやB’zだとうれしいですね(笑)。

<了>

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村井理子

1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』『村井さんちの生活』 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』『ブッシュ妄言録』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『ふたご母戦記』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』『義父母の介護』など。主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖』『エデュケーション』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』『ラストコールの殺人鬼』『射精責任』など。

무라이 리코
1970년, 시즈오카현 출생. 번역가, 에세이스트. 주요 저서로 『오빠가 죽었다』 『낯선 여자가 매일 집에 온다』 『필요 없지만 고마워: 항상 무언가에 쫓기고, 누군가를 위해 지쳐있는 우리를 구원하는 기술』 『하리, 커다란 행복』 『가족』 『빨리 혼자가 되고 싶어!』 『무라이 씨 집의 생활』 『무라이 씨 집의 꽉꽉 채운 오븐구이』 『부시 망언록』 『갱년기 장애인 줄 알았는데 중병이었던 이야기』 『책 읽고 나서 산책 가자』 『쌍둥이 엄마 분투기』 『어느 번역가의 홀린 듯한 일상』 『시부모 간병』 등이 있다. 주요 번역서로는 『요리가 자연스러워지는 쿠킹 클래스』 『어둠 속으로 사라진 골든 스테이트 킬러』 『메이드의 수첩』 『배움의 발견』 『포식자: 전 미국을 경악하게 한, 잠복하는 연쇄 살인마』 『사라진 모험가』 『라스트 콜의 살인마』 『사정 책임』 등이 있다.

X:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

中島京子

なかじま・きょうこ●1964年東京生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。早稲田国際日本語学校、出版社勤務を経て1996年にインターンシップ・プログラムスで渡米。翌年帰国、フリーライターとなる。2003年『FUTON』で小説家デビュー。2010年『小さいおうち』で第143回直木三十五賞受賞。14年『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花文学賞受賞。15年『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞・第4回歴史時代作家クラブ作品賞・第28回柴田錬三郎賞をそれぞれ受賞、『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞・第5回日本医療小説大賞をそれぞれ受賞、2020年『夢見る帝国図書館』で第30回紫式部文学賞を受賞、2022年『ムーンライト・イン』『やさしい猫』で第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、2022年『やさしい猫』で第56回吉川英治文学賞受賞。
著書に、小説『イトウの恋』『平成大家族』『ゴースト』『キッドの運命』『オリーブの実るころ』、エッセイ『ワンダーランドに卒業はない』などがある。

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