2022.11.19
大反響!3刷!!【村井理子ロングインタビュー後編】「子育てってひたすら傷つけられるんです」。“親離れ”への戸惑いと、自分を守るための方法
エッセイストとしても、家族関係のねじれや子育ての悩み、介護の苦労について、簡潔で的確な描写力と少しスパイシーなユーモアを駆使して書かれた『兄の終い』『全員悪人』『家族』はロングセラーに。
そんな村井さんに、翻訳家としての来歴や、エッセイを書く上での心構え、さらには「親離れ」を迎えた子どもたちへの戸惑いや、愛犬・ハリーのこと、そして村井さんなりの自分の守り方について伺いました。
取材・構成/安里和哲 撮影/冨永智子(村井理子さん近影)
※近影・書影以外の写真は、村井理子さんによるものです。
女性作家が苦労して書いた本を訳したい
<前編から続く>
――『ブッシュ妄言録』で翻訳家デビューした村井さんは、その後のどのように翻訳家の仕事を継続していったんですか?
会社を辞めて家でぶらぶらしてたら、『ブッシュ妄言録』の編集者さんから「翻訳やりませんか」と言われて、世間知らずだからすぐ受けちゃったんです。それがSM小説だった(笑)。その作者自体がSM界の女王的存在で、イギリスの“スパンキング女王”で“ロリータ”という愛称で呼ばれてた女性で……。
――大統領からスパンキング女王は、いきなり振り幅が広いですね。
ロザリーン・ヤングさんというすごくかわいい人が書いた小説でした。当時20歳だった彼女自身の想像の中のプレイをショートストーリーにしたもので、文章もうまくて読ませるんですよ。タイトルは『ロザリーン・ヤングはじめての告白』。日本にも根強いファンがいて、今でも本当にたまに、「あの翻訳者の方でしたか。今でも大切に読んでます」ってDMをもらいます。
――そこから翻訳の依頼はひっきりなし?
村井 ぽつりぽつりですね。やはり最初は産業翻訳が主でした。書籍は一年に一冊ぐらいのペースで依頼が来るんですが、なかなか売れない。少し風向きが変わったのが、『ゼロからトースターを作ってみた』(トーマス・トウェイツ)でした。今でもコンスタントに売れてて、新潮文庫になってからも、かなり売れていると思います。私の訳した本ではいちばん売れてるんじゃないかな。
――『ゼロから』が出たのが2013年ですから、最初はけっこう長い間苦戦していたんですね。
そうですね。決定的に流れが変わったのが、『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(キャスリーン・フリン)で、それが2017年。私がフェイスブックで「仕事がない、どうしようどうしよう」って書いてたら、書評家の東えりかさんが、「この本おもしろいらしいから、持ち込みなさい」とメールをくれたんです。最初は出版社にも断られたんですけど、放っておいたら、しばらくした頃に拾ってもらえた企画でした。けっこう話題になって5万部近く売れて、このあたりでいい本を定期的に任せてもらえるようになりましたね。
――翻訳は依頼を受けてから始めるのが基本だけど、転機となった作品は自ら企画を持ち込んだんですね。
そうですね。でも、前編でも友達のおかげで翻訳家になったって話しましたが、ここでも東さんのアドバイス通りにしただけ。人に助けられっぱなしですね(笑)。それからはありがたいことにおもしろい本ばかり担当させてもらってます。ノンフィクションの犯罪系が好きなので、『黄金州の殺人鬼』(ミシェル・マクナマラ)や、『捕食者』(モーリーン・キャラハン)あたりは嬉しかったですね。個人的に、女性が書いたどっしりめのノンフィクションを訳すのはやりがいがあります。
――それはどうしてですか?
海外の女性作家も、子どもがいて、家事をしながら取材を重ねるのですごく苦労しているんです。例えば『黄金州の殺人鬼』も、ミシェルは子育てしながら、地を這うようにして書き、最終的に死んでしまう。並大抵じゃない執念で書かれたおもしろい作品は、訳して紹介したいなと思います。
――他にも訳したいジャンルなどありますか?
ノンフィクションで女性が巻き込まれた犯罪は興味があります。不思議ですが殺人鬼は男性で、殺されるのは女性というパターンが本当に多い。「人の不幸を消費して楽しんでいる」と批判されたことがあるんですが、決してそういうわけではなく、その背景が知りたくなるんですよね。『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』(タラ・ウェストーバー)も、壮絶な環境を生き延びて、学ぶことで人生を切り拓いた女性が自ら書いた本です。そういう女性作家の本にいつも興味を惹かれます。