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隙間から入り込もうとするもの

隙間から入り込もうとするもの

 次の日、布きれはもう四階へと上がっていた。
 
 寒気を覚えた。まるで意思をもって、少しずつ壁をにじり登っているようだ。
 うちと空き地の間には路地があり、多少は通行人も行きかっている。でも誰一人として、あの奇妙な布を気にする素振りすら見せない。
 あるいは空き地に入っていって、すぐ下から見上げれば、布の正体もわかるかもしれないが……とても、そんな勇気はない。
 
 その次の日は、なるべくマンションを見ないようにして過ごした。
 しかし夕方頃、どうしても気になってしまい、窓からおずおず外をうかがってみた。
 あれ、と思った。
 案の定というか、布は五階へと移動している。
 それとは別に、いつも閉まっているはずの裏手の窓が一つ、わずかに開いているのだ。しかも五階の、布きれにほど近い窓が。
 それは一瞬の出来事だった。
 布がわずかに震えたかと思うと、突然、しゅっと窓の隙間に入り込んでしまった。
 慌てて目をこらし、マンションの方をにらみつけた。だが後はもう、なんの変哲もない外壁が、ただ静かに夕陽に照らされているだけ。
 
 その日の深夜。
 遠くから近づいてきたサイレンの音が、うちの前でぴたりと止まった。外をのぞくと、消防車が二台、救急車が一台、回転灯を光らせながら空き地横に停車している。

 ──503号室で……が……の模様……

 あの布きれがすべりこんだ窓と思われる部屋番号が、隊員の声から聞き取れた。
 その後すぐ、空き地には新しいビルが建った。
 だからもう、マンション裏手の壁はすっかり見えなくなっている。

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7月の『日めくり怪談』特集一覧
7月2日 夜道を歩く女性の二人組が向かう先
7月4日 設置されては撤去されるブランコの秘密
7月6日 クラスメイトの机に置かれた手紙
7月9日 誰も来ないはずの男子トイレで目にしたもの
7月13日 息子に見えている母の顔
7月15日 内線電話から聞こえてくる声
7月19日 祖母に禁じられた遊び
7月22日 僕にだけ聞こえてくる音
7月27日 この子は大人になる前に死ぬから
7月30日 隙間から入り込もうとするもの
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吉田悠軌

よしだ・ゆうき●1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。怪談現場、怪奇スポットへの探訪をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。『怪談現場 東京23区』『怪談現場 東海道中』『一行怪談』『一行怪談漢字ドリル 小学1~4年生』『禁足地巡礼』『日めくり怪談』『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』など著書多数。
Twitterアカウント:@yoshidakaityou

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