2021.7.15
内線電話から聞こえてくる声
とっさに今しがたの出来事を報告すると、父の顔色がさっと青ざめました。
「タケシ! 変なことば言うな! 機械の故障でお前の声が反響しただけやろうが!」
鬼のような形相で私の頭をはたき、そのまま去っていきました。ふだん穏やかな父の、あんな表情を見たのは、後にも先にもあの一度きりです。
その時は父が怖かったので反論せず黙っていました。しかし電話の声は幼稚園児くらいの、明らかに私とは違う、もっと幼い声でした。
まるで迷子が母親を求めて、泣き叫んでいるような……そんな声だったと、今でも覚えています。
後でそれとなく、母に内線をかけた事実だけ話すと、「ずっとおったけど、かかってきとらんよ」と言われました。父と口裏を合わせた可能性もありますが、今となってはわかりません。
その夜、父は私を車に乗せ、洋食レストランへ連れていってくれました。お祝いの時だけ行く店なのになんでだろう、とも思いましたが、大好きなドリアを食べられた私はただ上機嫌になっただけでした。
私に、生まれなかった兄がいると知ったのは、ずいぶん後のことです。
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