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「産め、働け、そして輝け」は簡単じゃない。女性が仕事をしていく上で、大切なこととは。
複数の文学賞を受賞し話題となった中島京子さんの小説『かたづの!』は、次から次へと降りかかる困難に、機転と知恵で立ち向かう江戸時代に生きた女大名の一代記。浜田敬子さんは、かねてから中島さんの小説や発言に共感していました。近い業界に身を置く同世代の二人。セクハラ体験、就職、転職、母親との関係性など、互いの様々な経験をふまえた「女性と仕事」をめぐる話は尽きず……。

「産め、働け、そして輝け」は簡単じゃない。女性が仕事をしていく上で、大切なこととは。

セクハラの現実は、 30年前と変わらない

浜田 中島さんとお会いするのは初めてですが、以前からお話をうかがってみたいと思っていました。昨年、中島さんご自身のセクハラについてのインタビュー記事を読み「本当にそう!」と言いたくなって。

中島 私自身20代の頃、男性の先輩に仕事の相談に行って危ない目に遭ったんです。悲しいことだけど、当時はよくあることでしたし、自分がバカだったと恥じていて、誰にも言わなかった。マインドコントロールされていたようなものです。でも、私たちがそういう経験を封印したことで、今たくさんの若い女性がまた同じような目に遭っていると思ったんですね。

浜田 言わなかったこと、言えなかったことで自分を責めるというお気持ち、よくわかります。

中島 当時は誰もが同じような経験をしていて、「そんなことで目くじらを立てるなんて」という空気がありましたよね。その後私は勝手に「あんなこと、今では昔話なんだろう」と思っていたんです。ところが一連のセクハラ報道を見て、全然そうじゃないとわかった。「30年前と同じなの!?」とすごくショックでしたね。

浜田 私も新聞記者になりたての頃はしょっちゅうセクハラされましたが、いちいち目くじらを立てていたら仕事ができなかった。もちろんイヤだったけれど、どうしたらいいかわからずに何とかやり過ごしていました。でもそのために、今もセクハラ意識のない男性がのさばっている。だから中島さんのご発言を読んで「ちゃんと言おう」と思ったし、周囲の同世代の女性たちとも「かつて言えなかった反省も含めて、私たちが後輩のためにできることをやっていこうね」と話しています。

中島 上の世代の女性たちをあまり悪く言いたくはないのですが、30年前につらい経験を女性の先輩に相談しても「それは大変だ!」と言ってくれなかったと思うんです。「そんなことは社会では当たり前なんだから、働く女性なら自分で乗り切る方法を考えなさい」みたいな感じで。

中島京子氏
中島京子氏

浜田 90年代はまだまだ男性社会でしたから。

中島 男性も女性も同じようなメンタリティーでいたら、また30年こんなことが続いていくのでは、と心配なんです。

浜田 最近就活でのセクハラでいくつかの事件もありました。私が編集長をしているウェブサイト(ビジネスインサイダージャパン)ではこの問題を追い続けてます。

中島 すごく多いみたいですね。

浜田 ОB訪問に行ったら食事に誘われ、「個室で相談に乗る」と言われてカラオケボックスやホテルへ……というのがよく聞く流れ。アンケートに寄せられたのは600人近く、その半数が被害にあっています。セクハラをする側の社員は有名企業も多く、驚いています。

中島 ということは、私たちと同世代以下の男性がセクハラをしているということでしょう? それを考えると、若い頃少なくとも友人たちにはそれがどんなにひどいことか、言っておくべきだったと思いますね。 

浜田 最近は会社側の人間と学生がスマホで連絡を取り合うから、密室化している。ОBとのマッチングサイトが出会い系みたいになっているんです。だからまずは企業がルールを作るべき。会うのは本社でとか、ふたりきりで会うなとか、お酒を飲んだらダメとか。

日本の男女平等の動きは 進もうとすると止まるの繰り返し

中島 私は学生時代から書く仕事をしたかったので、就活らしいことはしなかったのですが、同級生の就活を見ていてショックだったことがあって。当時は男女雇用機会均等法ができたばかりで、「バリバリ働くんだ!」と燃えている女性がたくさんいた。ところが彼女たちが、就活中にどんどん変わっていったんです。その理由は、訪問した企業で「現実はそんな甘いものじゃない」などと言われて、自信を打ち砕かれたから。パリッとしていた人たちが、なんだかなよなよと「私、ちょっと違うタイプだったかも……」と言うようになって。

浜田 総合職をあきらめて一般職にした人も多かったですよね。総合職で入社しても、働き続けた人はほんの一握りでしたし。ただそういう自信のなさは、今の若い女性のほうが強い気もします。以前に比べればいろいろな制度ができて、働きやすくなっているはずなのに、なぜそんなにも自己肯定感が低いのか。それは『働く女子と罪悪感』のテーマでもあって。

中島 バブルが崩壊に向かった90年代は失われた10年と言われますが、90年代半ばには女性の地位を向上させることへのバックラッシュ(反動)もありましたよね。

浜田 ありました。バブルがはじけて女性の採用数が一気に抑えられたし、「総合職で入っても寿退社でなんとなく辞めていく」という雰囲気もあった。東京だと石原都政時代ですが、性教育などができないなど、ものすごく保守的になりましたね。「ジェンダー」という言葉が役所で使えなかったくらいです。当時の政治家で一番理解があったと言われているのが福田康夫さん。福田さんは官房長官、首相時代を通じて女系・女性天皇を認める発言をされてきましたが、最近は話題にすらなっていません。安倍政権では16年に女性活躍推進法ができましたが、保守層は依然として働く女性を好ましく思っていないと感じます。でも、人手不足だから女性も高齢者にも働いてもらわなくてはならない。内心、「女性にポジションを奪われる!?」と思っている男性も多いのではないでしょうか。

中島 諸外国を見ても、日本だけが後退している気がします。台湾や韓国はもうちょっと進んでいますよね。

浜田 そうなんです。日本の男女平等や共同参画の動きは、進もうとすると止まるの繰り返し。

中島 もしかしたら、90年代半ばに阪神淡路大震災や松本サリン事件・地下鉄サリン事件が起きたことも影響しているのでしょうか。保守団体の日本会議も伸びていったし。あのあたりから、いろいろなことが後退したような印象があります。

浜田敬子著『働く女子と罪悪感 「こうあるべき」から離れたら、もっと仕事は楽しくなる』(集英社)
浜田敬子著『働く女子と罪悪感 「こうあるべき」から離れたら、もっと仕事は楽しくなる』(集英社)
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新刊紹介

浜田敬子

はまだ・けいこ●1966年山口県生まれ。ジャーナリスト。上智大学法学部卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」編集部を経て、1999年から「AERA」編集部。2014年に女性初の「AERA」編集長に就任。17年に退社し「Business Insider Japan」統括編集長に就任、20年末に退任。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニンショー」、TBS「サンデーモーニング」などでコメンテーターを務めるほか、ダイバーシティに関しての講演を行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)がある。

中島京子

なかじま・きょうこ●1964年東京生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。早稲田国際日本語学校、出版社勤務を経て1996年にインターンシップ・プログラムスで渡米。翌年帰国、フリーライターとなる。2003年『FUTON』で小説家デビュー。2010年『小さいおうち』で第143回直木三十五賞受賞。14年『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花文学賞受賞。15年『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞・第4回歴史時代作家クラブ作品賞・第28回柴田錬三郎賞をそれぞれ受賞、『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞・第5回日本医療小説大賞をそれぞれ受賞、2020年『夢見る帝国図書館』で第30回紫式部文学賞を受賞、2022年『ムーンライト・イン』『やさしい猫』で第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、2022年『やさしい猫』で第56回吉川英治文学賞受賞。
著書に、小説『イトウの恋』『平成大家族』『ゴースト』『キッドの運命』『オリーブの実るころ』、エッセイ『ワンダーランドに卒業はない』などがある。

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