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「産め、働け、そして輝け」は簡単じゃない。女性が仕事をしていく上で、大切なこととは。

「産め、働け、そして輝け」は簡単じゃない。女性が仕事をしていく上で、大切なこととは。

働く母の本当の気持ちが ようやくわかったとき

浜田 中島さんのお母様はフランス文学者というご職業でしたが、子どもの頃はそれをどのように感じていらっしゃいましたか。

中島 三歳上の姉と私が小さい頃、母は大学の非常勤講師をしていましたが、わりと家庭を大事にした働き方だったと思います。それでも、当時働いているお母さんは珍しかった。

浜田 そうですね。私は地方都市の出身なので特にそうですが、私の母も周囲のお母さんたちもほとんどが専業主婦でした。

中島 ただ、母はときどきすごくイライラしていたんです。あとからわかったことですが、大学院時代の男子同級生はどんどん業績を積んでいくのに、自分は仕事に全力投球できないことがつらかったみたい。父も同業者でしたし。結局母は苦しい気持ちを父に訴えて、私が小5のときフランスに3か月間留学したんです。父に「本格的に復職するなら、フランスで教授法の資格を取ってきたほうがいい」と言われて。

中島京子氏
中島京子氏

浜田 お父様もすごいですね。

中島 ただ私は大変でした。精神的なものだと思いますが、母の留学中、全身にじんましんができてしまって。かゆいし、さびしいし、成績は下がってしまうし、本当につらかった。

浜田 お姉様はどうだったんですか。

中島 姉は中2でしたが、けなげにご飯を作ったりしていましたね。当時の母の気持ちを知ったのは、それから数年後です。私が大学生のときに父と姉が仕事と留学でフランスに行って、しばらく母とふたりだけの生活になった。そうしたら母が解放されちゃって、夜お酒を飲みながら昔つらかった理由や世間からの抑圧を感じていたことを話し始めたんです。最初は「なんで私にそんな話を」と思いましたが、だんだん母を受け入れられるようになった。そのことがあったからか、自分が誰かに生活の面倒を見てもらうということが考えられなくなったんです。そういう人生だと辛い目に遭う気がするから、私はずっと仕事をしていくだろう、と。面白いことに、姉は私とはちょっと違うんですけど。
浜田 お姉様は長くパリ在住で、子育てやフランスについての本を書いていらっしゃいますね。

*中島さおり氏
中島京子さんの実姉。フランス文学者、エッセイスト。パリ在住。
2006年『パリの女は産んでいる―『恋愛大国フランス』に子供が増えた理由』で第54回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。
著書に『パリママの24時間 仕事・家族・自分』、『なぜフランスでは子どもが増えるのか
フランス女性のライフスタイル』 『哲学する子どもたち:
バカロレアの国フランスの教育事情』、翻訳書に『郊外少年マリク』『ナタリー』などが
ある。

中島 姉は仕事も大切だけど、家庭をすごく大事にしていますね。私は結婚もなかなかする気になれなかったのですが、その理由は結婚すると小説を書けなくなると思ったから。姉からは「結婚と小説を書くのは全然違うのに、なぜ一緒にするの?」とずいぶん言われました(笑)。でも、小説を書いている間は自分の100パーセントをそこに注ぎ込むことになるので……。

浜田 誰かをケアするのは無理、と。性格上、ピッ、ピッと気持ちを切り替えられないんですね。

中島 そうなんです。先ほどお話しした「作家の業界を泳ぎ渡るのはストレスフル」という気持ちと「結婚したら一生懸命家庭を作ろうとして書けなくなるんじゃないか」という気持ち。このふたつが大きくて、20代、30代はずいぶん悩みましたね。

日本人は、なぜ電車で席を譲らないのか

浜田 中島さんは働くお母様をご覧になりながら、仕事をし続けようとお考えになった。私は母が専業主婦だったけれど、ずっと仕事をしていこうと思った。母親の仕事の有無は、あまり関係ないのかもしれませんね。

中島 専業主婦のお母さんが娘に自己実現を求めて、「仕事をしたほうがいい」と勧める場合もありますよね。
浜田 あります。これは実家でご両親と同居していた私の先輩の例ですが、彼女は優秀であるがゆえに金融機関でたくさんの仕事を任された。お母さんは全力で応援すべく、疲れ果てた彼女のために身の回りのことをすべてやってあげたんです。駅への送迎まで。

中島 彼女にとっては、お母さんがお嫁さんみたいな存在に。お母さんにとっては夫がふたり!

浜田 そうなんです。結局その先輩は「このまま仕事を続けていたら私は結婚できない」と言って辞めましたが。

中島 これも彼女の問題ではなく、会社の制度の問題だと思います。優秀な人が辞めなくていい環境が先にあるべきですよ。

浜田 私の先輩も先輩のお母さんも、ダブルスタンダードだったんだと思います。「勉強してちゃんとした会社に入る」ことと「いいお母さんになる」こと、その両方を求めていた。でもそれを実現するためには、中島さんがおっしゃるようにある程度会社側の環境が整っていないと無理。今でもそれは十分とは言えません。

中島 安倍政権は「働け、産め、そして輝け」と言っている感じがしますが、現実はそんなに簡単じゃない。

浜田 本当にそうです。それと、最近顕著になってきた若い人の問題として「シングルになった親の面倒を将来どうみるか」ということがあるんです。私は彼女たちの親世代にあたりますが、周囲を見ても本当に離婚が多い。先日地方出身の女性に話を聞いたら、「離婚した母親が専業主婦だから仕送りをしなければならない」と。

中島 それは大変すぎる! 奨学金を借りていたら、返済もしなくちゃならないし。

浜田 別々に暮らす親が老いたら、それぞれに介護が必要になるわけです。さっき「好きなことを仕事にすべき」と言いましたが、いろいろなものを背負っている人の話を聞くと「お給料がいいとか、ある程度条件で仕事を選ぶのもしかたないのかな」とも思って……。日本経済が停滞しているせいか、全体的にどこか追い詰められたような空気があるのも気になっているんです。先日、そんな世の中の辛い感じが影響しているのかもと感じた出来事がありました。ビジネスインサイダージャパンの「日本人はなぜ席を譲らない?」という記事がネットで話題になったのはご存じですか。

中島 それ、気になっていました。

浜田「ビジネスで一緒に来日した外国人男性が、電車でお年寄りや女性に当然のこととして席を譲るのを見て、日本人がそうしないのはなぜか考えた」ということを、アメリカ在住の日本人女性が書いたんです。それに対して「よくぞ言ってくれた!」という声が半分、もう半分は「男女平等を主張する女性に、席を譲れと言う権利はない」という声だった。レディーファーストや騎士道精神がなぜ日本にはないのかと言っているのではなく、大変そうな人には席を譲るべきと言っているだけなのに。心に余裕がない人がこんなにも多いのかと愕然としました。優先席におじさんが寝ているのは奇異という感覚は、当たり前だと思いますが。

中島 去年、杉田水脈(みお)衆議院議員の「LGBTは生産性がない」という発言が大炎上しましたが、今の日本では経済的な苦しさが影響しているのか、精神的に貧しい人が増えている。そのせいで、弱い立場の人たちへ矛先が向かっている気がします。

浜田 男性優位社会の恩恵を受けてきた人たちは、自分たちが上げ底されていたことに気づいていない。だから、女性や弱い立
場の人たちとの差がちょっと縮まっただけで、ものすごく反撃するんです。

浜田敬子氏
浜田敬子氏

中島 私が最近感じているのは「自分以外の人、特に今まで自分より下と思っていた人たちが権利を主張するのは許せない」という雰囲気ですね。自分の権利を侵害されたように勘違いして、何かあるとすぐにSNS上に「殺してやる」みたいな発言が出てくる。優越感を保つために必死だから? SNSに匿名性があるからそんなことが言えるのでしょうが、どうしたらそういう人たちの精神的な貧しさを回復できるんだろうと考えてしまいます。

浜田 一方で私が気になっているのは、差別されている側の人たちがあまり大きな声を上げないことなんです。特に女性はまだまだ「主張していいの?」という感じ。世界には女性を差別している国がいくつもありますが、そんな国の女性ですら日本より主張しているのに。

中島 声を上げること自体にネガティブな印象を持つのは、日本人の悪いところですね。

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浜田敬子

はまだ・けいこ●1966年山口県生まれ。ジャーナリスト。上智大学法学部卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」編集部を経て、1999年から「AERA」編集部。2014年に女性初の「AERA」編集長に就任。17年に退社し「Business Insider Japan」統括編集長に就任、20年末に退任。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニンショー」、TBS「サンデーモーニング」などでコメンテーターを務めるほか、ダイバーシティに関しての講演を行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)がある。

中島京子

なかじま・きょうこ●1964年東京生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。早稲田国際日本語学校、出版社勤務を経て1996年にインターンシップ・プログラムスで渡米。翌年帰国、フリーライターとなる。2003年『FUTON』で小説家デビュー。2010年『小さいおうち』で第143回直木三十五賞受賞。14年『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花文学賞受賞。15年『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞・第4回歴史時代作家クラブ作品賞・第28回柴田錬三郎賞をそれぞれ受賞、『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞・第5回日本医療小説大賞をそれぞれ受賞、2020年『夢見る帝国図書館』で第30回紫式部文学賞を受賞、2022年『ムーンライト・イン』『やさしい猫』で第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、2022年『やさしい猫』で第56回吉川英治文学賞受賞。
著書に、小説『イトウの恋』『平成大家族』『ゴースト』『キッドの運命』『オリーブの実るころ』、エッセイ『ワンダーランドに卒業はない』などがある。

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