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「捨てないパン屋」がアフター・コロナに目指すもの――田村陽至さん×井出留美さん「食品ロス」特別対談

100個作って60個売るより、80個作って80個売る方が経済的

井出 以前取材させていただいたときも、「パンを通して日本を変えたい」ということをおっしゃっていたと思うのですが、ぜひ高度経済成長期で意識が止まっているオジサマ方の感覚も変えていただきたいです。先日ある省庁に呼ばれた際にお会いした男性が「経済学の観点からは、夜にメロンパンが食べたくなったお客さんがパン屋に来た時に、メロンパンとかクリームパンとかがあるのが正しい」とおっしゃっていて、まだこういうマインドなのかと思いました。「食品ロス問題の大切さはわかるけど、経済を回すことの方が大事ではないか」ということも、いまだによく言われます。

田村 それはよく言われますね(笑)。経済を回すといっても、100個作って60個売って40個捨てるより、80個作って80個売ったほうが、経済的だと思うんですけどね。「経済を回すのが大事」と言う人って、とにかく大きいエンジンをふかして回し続ければ勝てる、みたいな感覚の人が多いように思います。やっぱり古い固定概念が強いですよね。

井出 そうですね。あと、昨今の食品ロス界隈の風潮で、私が気になっているのが、「食品ロス=安売り」のように思われていること。ネットで食品ロスを検索しても、「お得」とか「激安」といったワードが出てきて、とにかく安く売っちゃえばいいという風潮を感じます。値引きが悪いわけではなくて、私も廃棄するなら安くしても売り切ったほうがいいと思うのですが、値引きする労力も半端ないんですよ。スーパーで閉店3時間前に30パーセント引き、1時間前に50パーセント引きとか、それに合わせて店員さんがシールを貼りかえたり、レジでも対応したりとか。適量作って、適量な価格で売れば、働く時間も短くなるし、利幅も増えるからいいじゃないって思うのですが。

田村 そうなんですよね。お客さんはいいものを安く買いたい。人件費とか手間のコストを省いて、いいものを安く売れば、お客さんは賢いので買ってくれる。そうすると、結果的に残りにくくなったり、残らなくなったりする。ものすごく単純な話なんです。人件費を省くというと、「そのぶん雇用が失われていますよね」ということもよく言われるのですが、独立して仕事ができる人が増えているとも言えるわけで。一つの会社に5人いるより、1人ずつ5つの会社があったほうが、豊かになるはずなんです。みんな何でそんなに雇用にこだわるのかな、と思います。

「ブーランジェリー・ドリアン」では販売するパンを4種類に絞ることで、コスト削減につながった
「ブーランジェリー・ドリアン」では販売するパンを4種類に絞ることで、コスト削減につながった

田村 蒜山ひるぜんの若い自営農家さんを見ていると、自分たちで作ったお米で味噌を売ったり、すごく餌にこだわった卵を販売したりところがありますが、そういう食品は適正価格ですぐに売り切れています。スーパーより多少高くなったとしても、高級車のような金額じゃないし、お客さんはいいものだと思えば買うんですよね。だから、変われない業界の方がかわいそうだな、と思います。

井出 私は消費者も変わらないといけないと思っているんです。私は日頃から、同じお金を払うなら、喜んでくれるところで払いたいと思って、行きつけの店に通うようにしているのですが、コロナ禍以降、ますますその気持ちが強くなりました。お魚屋さん、お茶屋さん、お肉屋さん、それぞれのお店が離れていたり駅の向こうにあったりして、スーパーでまとめ買いするより面倒なんだけれども、お店の人がこちらの顔を覚えてくれたりして、交流が生まれます。こういう食を通じた人と人の触れ合いがなくなってしまったことが、食品が過剰に安くなって、「安かろう悪かろう」になってしまった一因でもあるのではないかと感じています。パンも、その原材料となる小麦は海外から大量に輸入されていて、生産者の顔が見えにくい。せっかくお金と時間をかけて運ばれてきた小麦を使って、工場でたくさんのパンが作られていても、その多くが捨てられていて……。本当に無駄が多いですよね。

田村 大量に輸入して、生産して、GDPは上がるかもしれないけれど、それで一人ひとりが豊かになるわけではないですからね。

井出 SDGsという言葉ももてはやされていますが、本当にどれだけ理解されているのか疑問です。「ウェディングケーキモデル」というSDGsの概念を表す構造モデルがあるのですが、その構造の土台にあるのが、水や森などの自然環境。2番目が社会、その次が経済です。つまり、自然の恵みがあってこそ経済が回るということ。自然の恵みには限りがあるから、環境は後回しで、まずは経済というのは、根本的に間違っているんです。

田村 SDGsも小手先っぽくなってきている感じはありますよね。

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新刊紹介

田村陽至

たむら・ようじ
1976年広島県生まれ。祖父の代から70年続くパン屋3代目。大学で環境問題を勉強。卒業後、北海道や沖縄で山・自然ガイド、環境教育について修業。その後、2年間モンゴルに滞在しつつ遊牧民ホームステイなどを企画。帰国後の2004年、パン屋を継承した。
2012年には1年半休業してヨーロッパで修業し、店をリニューアル。2015年秋から一つもパン捨ててない「捨てないパン屋」として活動している。
10年間毎年、約40日間の夏期休暇を取り、様々な国々のパンや発酵を学ぶ。
研修生、見学者を沢山パン屋に独立させて、自慢するのが趣味。
2020年、岡山県蒜山に移住。
「ブーランジェリー・ドリアン」のHP●https://derien.jp/

井出留美

いで・るみ●食品ロス問題ジャーナリスト
奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。311食料支援で廃棄に衝撃を受け誕生日を冠した(株)office3.11設立。「食品ロス削減推進法」成立に協力した。政府・企業・国際機関・研究機関のリーダーによる世界的連合Champions12.3メンバー。
『あるものでまかなう生活』(日本経済新聞出版)、『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』(幻冬社新書)、『捨てないパン屋の挑戦 しあわせのレシピ』(あかね書房)など著書多数。
食品ロスを全国的に注目されるレベルまで引き上げたとして第二回食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。

公式サイト●http://www.office311.jp/
Twitter●@rumiide

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