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「捨てないパン屋」がアフター・コロナに目指すもの――田村陽至さん×井出留美さん「食品ロス」特別対談

物作りをする人が豊かに生きるための学校を

井出 結局、「強欲が身を滅ぼす」ということなんじゃないかな、と私は考えているのですが……。それでも10年前に比べると徐々に価値観や感覚が変わってきているかな、という気もします。田村さんの著書『捨てないパン屋』も、食品ロスについてだけでなく、田村さんの生き様や働き方に共鳴する人が多かったのではないかなと思うのですが、田村さんのところにはそういった声がありましたか?

田村 そうですね。今うちに来ている研修生の一人は、パン屋とは全然畑が違う、おみくじ屋さんなんです。ビジネスでは成功していて、これ以上働かなくても衣食住に困らない高所得者。でも、それだけだと何か違うと、僕の本やブログなどを読んで考えて、応募してくれたみたいです。今の日本全体を見ても、コロナでお金はばらまかれたけど、農地とか祭りとか、お金に換算が難しい社会資本が急速に減っていますよね。バブル後に減り続けていた社会資本が、コロナで一気に減ってしまった。僕は、その社会資本に「物を作る人」というのも入れて考えているのですが、コロナによって、小さな食堂で食事を作り続けていた人とか、レストランにおろすために一生懸命食物を作っていた農家の人たちとか、物作りに携わっている人たちがすごい打撃を受けています。そして、物作りをやめてしまった人や、やる気を失っている人がたくさん出ています。

「蒜山で、物作りができる仲間を増やしたい」と語る田村さん
「蒜山で、物作りができる仲間を増やしたい」と語る田村さん

田村 かつて、高度経済成長期を迎えた頃の日本は、田舎で物作りを生業にしていた人たちが街に出てきて、その器用さでもって戦って、世界に勝っていたところがあると思うんです。でも、今うちにくる研修生は、マッチすら擦れない人が珍しくない。バーチャルなことは上手なんだけど、マッチで火はつけられないんです。リアルな物を材料から作れる人がいなくなり、技術もどんどん廃れていることに危機感を感じています。田舎に行って空いてる農地があっても作る人がいない。しかもコロナ後には物不足の時代がくることは明らかで、すでにインフレになりつつあります。だから物作りができる人を育てよう、というか、一緒に戦っていく仲間を増やしたくて、研修生を受け入れていたのですが、今の研修生制度だと、2〜3人が精一杯。「物を作っても割に合わないからやめて、YouTubeでもやったほうがいい」という人が増えている中で、年に2〜3人の研修だと間に合わないので、今年で研修制度は終了にして、もっと門戸を広げた「パンの学校」を立ち上げようと考えています。一緒に物作りをして豊かになっていく人を増やしていきたいという思いです。

井出 パンを作るだけでなく、蒜山では、これまで以上に、人を育てるということに注力されていくんですね。

田村 そうですね。最初はパン屋対象の「パンの学校」にすると思うのですが、いずれはパン業界以外の人も迎えて、広くやっていきたいです。でも、これでドタバタしちゃうと、「やっぱり物作りって割に合わない」となって次世代に続いていかないので、物作りをやって豊かになるというところが重要なんです。自分も、親が忙しそうに働き続けてバブルが崩壊して苦労をして……という、かわいそうな姿を見てきているので、物作りをして豊かになれる仕組みを提示できる学校を作りたいです。これも前途多難なんですけどね(笑)

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新刊紹介

田村陽至

たむら・ようじ
1976年広島県生まれ。祖父の代から70年続くパン屋3代目。大学で環境問題を勉強。卒業後、北海道や沖縄で山・自然ガイド、環境教育について修業。その後、2年間モンゴルに滞在しつつ遊牧民ホームステイなどを企画。帰国後の2004年、パン屋を継承した。
2012年には1年半休業してヨーロッパで修業し、店をリニューアル。2015年秋から一つもパン捨ててない「捨てないパン屋」として活動している。
10年間毎年、約40日間の夏期休暇を取り、様々な国々のパンや発酵を学ぶ。
研修生、見学者を沢山パン屋に独立させて、自慢するのが趣味。
2020年、岡山県蒜山に移住。
「ブーランジェリー・ドリアン」のHP●https://derien.jp/

井出留美

いで・るみ●食品ロス問題ジャーナリスト
奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。311食料支援で廃棄に衝撃を受け誕生日を冠した(株)office3.11設立。「食品ロス削減推進法」成立に協力した。政府・企業・国際機関・研究機関のリーダーによる世界的連合Champions12.3メンバー。
『あるものでまかなう生活』(日本経済新聞出版)、『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』(幻冬社新書)、『捨てないパン屋の挑戦 しあわせのレシピ』(あかね書房)など著書多数。
食品ロスを全国的に注目されるレベルまで引き上げたとして第二回食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。

公式サイト●http://www.office311.jp/
Twitter●@rumiide

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