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『ルール?展』は最高のデートスポットである──SF作家・石川宗生さんのアート見聞録

死後にAIやCGで〈復活〉する意思があるか

 続いて、ラーメン屋の行列みたいにひときわ長い列があるなあと思って並んでみたら、その先には「D.E.A.D. Digital Employment After Death」なる用紙があった。「この表明書は、あなたの死後、あなたの個人データをもとにAIやCGなどを活用して『復活』させられることを許可するかどうかについて、生前に意思を表明しておくための文書です」と書かれている。要は臓器提供意思表示カードの“人格”版か。このご時世、ルールは死後にまで絡んでくるらしい。

「復活」したいか真剣に突き付けてくる文書
「復活」したいか真剣に突き付けてくる文書

ルーマニアでのルール体験

 個人的な体験を話すと、僕は旅行好きで、70カ国ぐらいを無目的に放浪してきたのだが、なかでもルーマニアの首都ブカレストで路面電車に乗ったときにルールの“越境”を痛感した。切符売り場が見当たらず、車内の車掌や切符売りから買うのかしらと思って乗車してみたら、突然、黒い革鞄をかけた男の人に「切符を見せてください」と言われたのである。「え、ないですけど」「では罰金です、50ユーロ払ってください」「知らなかったんです、切符売り場がなくて。いま買えないですか?」「だめです、規則ですから」みたいな感じで延々と問い詰められ、「え、え、え、え」と延々と慌てふためいていたら、驚くべきことにかたわらにいた妖精のごとき長い金髪のルーマニア人美女が「この人は外国人なんだから、そんなルール知らなくて当然だし、見逃してあげなさいよ」と助け船を出してくれたのである。払うしかないと半ば覚悟を決めていたのだけど、美女は「ね、大丈夫だから、行ってちょうだい」と僕の背中を押し、まごつく係員をなおも説得して強引にねじ伏せてしまった。「ルールは破るためにある」という誰か言ったのかも知らないふざけた文言があるが、美女の前ではたしかにルールなんて形無しらしい(ちなみに後で知ったところだと、切符はあらかじめ街中の小売店で買い求めることになっていたようだ)。

 まあ考えてみれば、ルールの越境なんてものは国のみならず、地域やら職場やら家庭で存在し、誰しもが見えないルール網を常日頃から渡り歩いている。幾重にも絡み合った、柔軟に移り変わるふにゃふにゃの網のなかを。

〈ルール?展〉もより大きなルールのなかにある

 ひとつ象徴的だと思ったのが〈ルール?展〉にあった椅子だ。椅子、と一口に言えど、山積みになっている木製の箱である。いちおう「建物の外に持ち出さない」「危ない場所や他の人の邪魔になる場所には置かない」「次に使う人がいない場合、この場所に戻してください」と最低限のルールが設けられているものの、来場者はこれを自由に移動したり、自由に使えると記されている。折しも僕の目の前で愛らしい女の子二人組がきゃぴぴ、うけっ、きょきょっきょと今にも泡でも吹きそうな満面の笑みで椅子の上に立ち、うぴぃーえぃと自撮りをはじめた。そうしたら係員の方が即座に「椅子には乗らないでください」と注意したのだ。自由に使えるんじゃないんかと思わず心のなかで突っ込んでしまったが、あくまで常識の範囲内でという了解の上で成り立っているらしい。〈ルール?展〉ももっと大きな枠組みのルールのなかにあり、そのルールもさらなるルールのなかに、なんて具合に。そして自分はそんないくつも重なり合った円のなかのちいさな点である。という風な立ち位置を再確認させられた。

 最後に、ちょっとした裏話をすると、本展は男性の編集さんと一緒に取材に来たのだが、まわりの来場者は女性が多かった。少ない男性も、パートナーと思われる女性と一緒である。こうなると妄想せずにはいられなかった。意中の相手とデートで来たときのことを。

10秒で「はい」か「いいえ」を決めなくてはいけない
10秒で「はい」か「いいえ」を決めなくてはいけない

 特にそれを切実に感じたのが、「あなたでなければ、誰が?」という参加型インスタレーションであった。大型スクリーンに質問が映し出され、都度参加者は「はい」か「いいえ」のスポットに移動する。その後回答の統計が示され、自分の意見が少数派か多数派か判明する仕様となっている。要は少数派が簡単に生み出される多数決というシステムに疑問を呈すのが趣旨らしいが、好きな人とこういうのをやったらなんだか楽しそうだなあと思ったのである。「ね、シズカちゃんはこれどっち」「えー、わっかんない、ノビタさんと一緒でいいよぉ」「ん、じゃ、はいといいえのあいだにまたがっちゃおうよ、おれら中庸ってことでさ」「じゃ、あたしたち、はいといいえ?」「そ、はいえ」「はいえ!」「ハイエ!」「ハイエハイエ!」とかなんとか、アホみたいな会話を。そんな具合で楽しい。アホになれる。しかも学べる。うん、やっぱり〈ルール?展〉は最高のデートスポットだ。

【展覧会情報】
会期:2021年7月2日(金)~11月28日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHT
住所:東京都港区赤坂9-7-6(東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン)
開館時間:11:00~17:00(土日祝〜18:00) ※入場は閉館30分前まで
休館日:火(11月23日は開館)
料金:一般 1200円 / 大学生 800円 / 高校生 500円 / 中学生以下無料
※事前予約制
http://www.2121designsight.jp/program/rule/

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新刊紹介

石川宗生

石川宗生
いしかわ・むねお
1984年、千葉県生まれ。オハイオ・ウェスリアン大学天体物理学部卒業。約3年間の世界放浪、メキシコ・グアテマラでのスペイン語留学など経て、翻訳者として活動。2016年、短編「吉田同名」で第7回創元SF短編賞を受賞。2018年、受賞作を含む短編集『半分世界』を刊行。2020年『ホテル・アルカディア』で第30回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。最新刊は『四分の一世界旅行記』。

Twitter @unpocomastiempo

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