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老舗の専門誌が主導するか『日本レースクイーン大賞』、その壮絶な投票バトルのウラ側とは!?

老舗の専門誌が主導するか『日本レースクイーン大賞』、その壮絶な投票バトルのウラ側とは!?

にわかに世間の耳目を集め、いよいよ第三次黄金期を迎えつつあるレースクイーン業界。その歴史や経済事情、裏話に至るまで、徹底的に掘り起こすのが、この不定期連載。
前回の7回目は、大手事務所トップたちが明かす育成戦略についてリポートしました。
第8回は、レースクイーンたちが毎年血まなこになって頂点を目指す「日本レースクイーン大賞」の内幕を、主催する実行委員会のトップ、キーマンに徹底取材。さらには、大胆緻密な作戦で見事にグランプリを勝ち取った女王が明かす秘策や、現在戦っている候補者の本音にも迫ります!!
SUPER GT2019「TEAM UPGARAGEドリフトエンジェルス」の神尾美月さん。2019日本レースクイーン大賞のファイナリストとして、現在、投票バトルにて奮闘中!(写真提供/GALSPARDISE)
SUPER GT2019「TEAM UPGARAGEドリフトエンジェルス」の神尾美月さん。2019日本レースクイーン大賞のファイナリストとして、現在、投票バトルにて奮闘中!(写真提供/GALSPARDISE)

レースクイーン専門誌の絶対的ピンチを救ったのは、ある一本の企画だった

毎年、秋から冬にかけて、多くのレースクイーンたちの心は落ち着きを失っていく。日本一のレースクイーンを決める『日本レースクイーン大賞』の投票が始まるからだ。

大人気のカーレース・SUPER GTや他のカテゴリーを含めて、レースに従事するレースクイーンはのべ400人。その中から、今年は11月1日にノミネート100人が発表され、翌日よりサーキットにて、一般のファンによる先行投票がスタート。およそ一か月に及ぶファーストステージの選挙戦を勝ち抜いた20人のファイナリストが、年をまたいでファイナルステージを戦っていく。さらに勝ち残った上位5人が大賞となり、うち1名がグランプリを獲得する。

このイベントの中心母体は、1992年に創刊されたレースクイーン専門誌の元祖、『GALSPARADISE(ギャルズパラダイス)』。レースクイーン界では、通称“ギャルパラ”と呼ばれ、長きにわたり親しまれている。

90年代よりサーキットに足を運び、『ギャルズパラダイス』の携帯サイト(以下、携帯ギャルパラ)に2008年から参加、日本レースクイーン大賞の基を発案した『オートスポーツweb』の磯田隼人さんは語る。

「00年代初めのころは、今もタレントで活躍している吉岡美穂さん(詳しくは本連載第4回を参照)を軸に、レースクイーンの黄金期が再来して、“ギャルパラ”と似通った雑誌が続々と創刊されていったんです。けれど、00年代終わりにかけて、だんだんと下火になりまして……。

原因はいくつかありました。まず、レースクイーンの持ち味であった“会いに行ける女神”という役割が、AKB48を中心とするアイドルグループに取って代わってしまったこと。また、09年に起こったリーマン・ショックの影響による、チームスポンサーの大規模な撤退。今でこそ、SUPER GTのレースクイーンは開幕戦に160~170人ほど揃いますが、その年のレースクイーンは100人もいかず、さみしいものでした。加えて、2011年の東日本大震災も深刻な打撃になりました」

さらに追い打ちをかけたのが、意外にもスマートフォンの台頭だったという。

「08年に僕が『ギャルズ・パラダイス携帯サイト』の担当になったときは、会員数が1万5000人ほどでしたが、みるみるうちに月平均で約1000人ほど減っていきまして。そこにスマートフォンが登場したことで、さあ、どうする? と。

ようは、そのころガラケーからスマホにサイトを移行するというシステムがまだ一般に浸透しておらず、スマホに切り替えたとしても “携帯ギャルパラ”が見れないわけです。となると、ガラケーで会員になっているお客様には、スマホに買いなおして再登録させるという手間を取らせなければならない。さらなる会員数減少は容易に想像できました。スマホ向けサービスはいっそ断念したほうが良いという意見も出るほど、ひっ迫していました」

窮地に立たされた磯田さんは、打開策として“ギャルパラ・グランプリ”という企画案を会議に提出した。内容はごくシンプルで、“あなたの好きなレースクイーンを教えてください”。ファンに呼びかける人気投票だった。のちの日本レースクイーン大賞は、ここから始まった。

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高橋史門

たかはし・しもん●エディター&ライター。1972年、福島県生まれ。日本大学在学中に、「思想の科学」にてコラムを書きはじめる。卒業後、「Boon」(祥伝社)や「relax」、「POPEYE」(マガジンハウス)などでエディター兼スタイリストとして活動。1990年代のヴィンテージブームを手掛ける。2003年より、「週刊プレイボーイ」や「週刊ヤングジャンプ」のグラビア編集、サッカー専門誌のライターに。現在は、編集記者のかたわら、タレントの育成や俳優の仕事も展開中。主な著作に「松井大輔 D-VISIONS」(集英社)、「井関かおりSTYLE BOOK~5年先まで役立つ着まわし~」(エムオンエンタテインメント※企画・プロデュース)などがある。

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