よみタイ

何でもないような事は幸せだったのか——武田砂鉄さんが読む『沼の中で不惑を迎えます。』

何でもないような事は幸せだったのか――武田砂鉄さんが読む『沼の中で不惑を迎えます。』

 貴方の生き方、それでいいと思う、などとジャッジされる機会がずっと苦手なのだが、これからもずっと、こうやってジャッジされ続けるのだろうか。もしかしたら、これが最後で、あとは自由にやっていけるのだろうかと毎回思うのだが、多分ずっとこの感じが続くのだろう。でも、私たちには、いくつもの切り札がある。ひたすら隠れたり、うっかり潰したり、勢いよく壊したり、猛スピードで逃げたり、じっくり溶かしたりして、ナシにしてしまうアレである。この本を読んでいると、「あの人、ヤバイ人だよ」ってところで評価が固まると、人は自由になれるのではないか、という希望を感じる。

 著者もヤバイし、本書に頻繁に登場する編集者・エイチさんもヤバイ。酒に溺れていた頃、戒めのために買った聖母マリアの絵を飾り続けているエイチさん。2人に共通するヤバさというのは、「常識から外れているヤバさ」という意味でのヤバさではなく、「社会規範と自由意志をぶつけた時に、平然と自由意志を優先するヤバさ」である。この2人は、幸せだったと思っている何でもないような事が互いに違う。その違いをぶつけ合い、気持ちよく弾けている。その摩擦熱というか、早速、着火しちゃった様子を読みながら、なんだか、これからも、元気に楽しくやっていけそうな気がしてくる。気がするだけかもしれないが、そんな気にさせてくれるなんて最高ではないか。

 この書評依頼も、編集者・エイチさんからいただいたのだが、メールの末尾に、「初めて買ったCDも虎舞竜ですし、やっぱりどこまでも田舎のセンスの人間だということを自覚して生きていかないとならない、と思っております。ちなみに武田さんが初めて買ったCDは何なのでしょうか。気になるところです」と書かれていた。私が初めて買ったCDは、大黒摩季の『あなただけ見つめてる』です。何でもないような事が幸せだったと思う、と勝手に決めつけるより、こっちのほうが誠実な態度ではないでしょうか。そう思っているのだが、そこは戦わせてはいけないのかもしれない。手を組めるかもしれないし、組めないかもしれない。まずは話し合いだ。 

わからないことを無理にわかろうとしないで、そのままにしておく場面の多い漫画です。(©竹内佐千子/集英社)
わからないことを無理にわかろうとしないで、そのままにしておく場面の多い漫画です。(©竹内佐千子/集英社)
『沼の中で不惑を迎えます。』連続書評
●第1回 推し活に300万円以上つぎ込むも「私は中途半端なオタク」 ——おかずクラブ・オカリナさんインタビュー
●第2回 推しにたくさん幸せをもらったから、推しにも幸せになってほしい ——森三中・黒沢かずこさんインタビュー
●第3回 だれがなんと言おうと、わたしたちのおしゃべりには価値がある——少年アヤさんが読む『沼の中で不惑を迎えます。』
●第4回 何でもないような事は幸せだったのか——武田砂鉄さんが読む『沼の中で不惑を迎えます。』

人気連載が待望の単行本化!

人気連載『沼の中で不惑を迎えます。輝くな! アラフォーおっかけレズビアン!』が本になりました!

人生の半分以上、沼にはまり続けて20年。
アラフォー、独身、実家暮らしの漫画家・竹内佐千子さんが、輝かない日常を綴るコミックエッセイ。
不惑を迎えるはずの身にふりかかる、推しの結婚、お金や健康問題、親の介護や自身の老後への不安……。
オタクにも非オタにもあまりにも切実すぎる、全アラフォー必読の書です!

書籍の詳細はこちらから!

こちらで試し読み公開中です!

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

新刊紹介

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

武田砂鉄

たけだ・さてつ
1982年生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。2015年『紋切型社会』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。他の著書に『日本の気配』『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』『マチズモを削り取れ』『べつに怒ってない』『今日拾った言葉たち』などがある。週刊誌、文芸誌、ファッション誌、ウェブメディアなど、さまざまな媒体で連載を執筆するほか、近年はラジオパーソナリティとしても活動の幅を広げている。

週間ランキング 今読まれているホットな記事

  1. 目指すは山頂よりも、おもしろい寄り道 山岳ライター高橋庄太郎の山の名&珍プレイス

    出る出るって、出るわけないやろ!「空木平避難小屋」が見つめてきた、さまざまな悲劇【山の名&珍プレイス 第1回後編】

  2. 中井治郎「こんな質問が来る」

    「おじさんはなぜ〇〇なのか?」というクレームが押し寄せる社会学者の質問箱【こんな質問が来る 第2回】

  3. 目指すは山頂よりも、おもしろい寄り道 山岳ライター高橋庄太郎の山の名&珍プレイス

    あえて”怪奇現象”を体験したい人はぜひ⁉ 日本百名山へも登りに行ける「空木平避難小屋」【山の名&珍プレイス 第1回前編】

  4. ヘルシンキ労働者学校——なぜわたしたちは「ボーダー」を越えたのか

    わが子の小学校の「愛国教育」をきっかけにロシアを出てフィンランドへ来たシングルマザー(第2回 前編)

  5. カモチケビ子「~40代、そろそろ誰かと暮らしたい~ 超実践! アラフォー婚活のかなえ方」

    アラフォー女性が結婚できない理由。人格や容姿、年齢の前に立ちはだかる要因とは【超実践! アラフォー婚活のかなえ方 vol.1】

  6. 大渕希郷「動物ふしぎ観察記」

    カメの「冬眠からの永眠」に要注意! 意外と知らない冬眠の真実とリスク

  7. 発達障害女性が、なぜか行く先々でモテてしまう理由とは……?『ダメ恋やめられる!? 発達障害女子の愛と性』人気回試し読み

  8. 新刊 : 猫沢エミ・小林孝延
    喪失を抱えて生きるすべての人へ——。

    真夜中のパリから夜明けの東京へ

  9. カモチケビ子「~40代、そろそろ誰かと暮らしたい~ 超実践! アラフォー婚活のかなえ方」

    「運命」という言葉に翻弄されずに冷静に。古い価値観を捨てると、希望が見えてくる!【超実践! アラフォー婚活のかなえ方 vol.2】

  10. 妹、親友、行きつけの店主と女将が語る、素顔の北の富士さんの「粋」な男っぷり【藤井康生『粋 北の富士勝昭が遺した言葉と時代』試し読み】

  1. とげとげ。「50歳、その先の人生がわからない」

    48歳独身、「3連休に倒れたら3日間誰にも気づかれない」という怖さと不安 【50歳、その先の人生がわからない 第3話】

  2. とげとげ。「50歳、その先の人生がわからない」

    「孤独死の不安より、重い病気になったとき頼れる人がいないことが一番怖い…」【50歳、その先の人生がわからない 第2話】

  3. とげとげ。「50歳、その先の人生がわからない」

    「子育てしてました」は履歴書に書けない……。【50歳、その先の人生がわからない 第1話】

  4. とげとげ。「50歳、その先の人生がわからない」

    「ママが終わっただけ」なのに、自分に何も残っていないように感じてしまう……【50歳、その先の人生がわからない プロローグ】

  5. 野原広子「もう一度、君の声が聞けたなら」

    イライラする怖い女となんで結婚したんだっけ? 第9話 すべては息子ファースト

  6. なかはら・ももた/菅野久美子「私たちは癒されたい 女風に行ってもいいですか?」

    女性用風俗に通う女性たちの心のうちを描くコミック新連載【漫画:なかはら・ももた/原作:菅野久美子「私たちは癒されたい」第1話前編】

  7. 野原広子「もう一度、君の声が聞けたなら」

    ねえ…お金がないんだけど 第8話 無職の夫、多忙な妻

  8. 野原広子「もう一度、君の声が聞けたなら」

    妻が逝った。オレ、もう笑えないかもしれない 第1話 さよなら、タマちゃん

  9. 野原広子「もう一度、君の声が聞けたなら」

    妻がそばにいることが、あたりまえだと思ってた 第2話 涙が出ない

  10. なかはら・ももた/菅野久美子「私たちは癒されたい 女風に行ってもいいですか?」

    30代独身女性が女風を利用して気づいた「一番大切にするべきなのは…」【漫画:なかはら・ももた/原作:菅野久美子「私たちは癒されたい」第2話後編】