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何でもないような事は幸せだったのか——武田砂鉄さんが読む『沼の中で不惑を迎えます。』

何でもないような事は幸せだったのか――武田砂鉄さんが読む『沼の中で不惑を迎えます。』

9月3日にコミックス『沼の中で不惑を迎えます。輝くな! アラフォーおっかけレズビアン!』が発売されました。
人生の半分以上、沼にはまり続けて20年。アラフォー、独身、実家暮らしの漫画家・竹内佐千子さんが、決して輝かず、されど奇妙に充実した日常を綴ったコミックエッセイです。
刊行を記念し、『沼の中で不惑を迎えます。』書評、全4回の特別連続企画としてお届けします!

前回は、竹内さんの既刊『2DK』などの愛読者であり、ご自身もエッセイストとして活躍されている少年アヤさんに、本作の魅力についてご執筆いただきました。

第4回は、文学、政治、音楽、ジェンダーなどさまざまなテーマを取り上げてきたライターの武田砂鉄さんに、本作を読んで気になった例の件などなどについて考察いただきました。

 何でもないような事が幸せだったと思う、という例の言い分についてだが、「何でもないような事とは何か」という、とても大切な議論が抜け落ちている。それをちゃんと議論せずに白い息を吐かれても、と思う。議論した後かもしれない。だとしたら謝る。
 貴方にとって何でもないような事が、私にとっては何でもなくない事だったのに、貴方がめちゃくちゃ勝手に、これは何でもない事だと決めつけたものだから、私はとても嫌な思いをした……そんな経験をいくつも根に持っている。そうやって、物事の性格を勝手に決められる人生航路(ざっくりと横文字にすると「ロード」)がいつまでも続くと、だいぶしんどい。一体、この感じ、第何章まで続くのだろう、と頭を抱えてしまう。

 唐突に、「なんでもないようなレズがいるのも知ってと願う」と宣言したりする本書は、「アラフォー・独身・実家暮らしのオタク漫画家」による、日々の迷い・惑いが発生させる喜怒哀楽をパワフルに伝える作品だ。レズ・アラフォー・独身・実家暮らし、そのそれぞれに対し、呼びかけてもいないのにドアをノックする人が現れて、「あのう、お言葉ですが、そろそろ、このようにしたほうがいいのではないでしょうか」と忠告してくる。余計なお世話なのだが、そう伝えてくる人は、自分のお世話が余計だとはまったく思っていないようで、著者は、その都度、体を傷め、ひとまず絆創膏を貼る。でも直後に、思いっきり剥がして、吠える。その怒りは、読者に届く頃には、勇気という成分に変わっている。

 声に出して読みたい日本語に何度もぶつかる。三色ボールペンでなぞりたい気持ちにかられる。
「『人生で今日が一番若い』? こちとら生きてきた中で 今日が一番年とってんだよ‼︎」
「あの頃の未来にSMAPですら立ててないのに 私たちに将来どうしろというんですか‼︎」
 アラフォーとして生きていると、「で、どうする? これから、どんな感じでいくつもり?」と問いかけられる機会が増える。そういう人がやってくると、実際の対応としては「うんとまぁ、特にアレですね、今んとこは、ほら、ひとまずこんなんで何とかやってますし。それにしても、あっという間に秋ですよね」と、見事に何の情報も盛り込まない返しをするのだが、理想的な対応としては、まず、テーブルを挟み、椅子に座らせ、ビジネスホテルから持って帰ってきたティーバッグと紙コップとお湯をあちらに与えて、セルフで注いでもらっている最中に、「『で、どうする?』って、どういうつもり? なんで、貴方が、そんなことを、こっちに言ってくるの?」と畳みかけたい。

セクシュアリティに限らず、「何かである」ことを暗に求めてくる風潮、ありませんか? (©竹内佐千子/集英社)
セクシュアリティに限らず、「何かである」ことを暗に求めてくる風潮、ありませんか? (©竹内佐千子/集英社)
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武田砂鉄

たけだ・さてつ●1982年生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。2015年『紋切型社会』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。他の著書に『日本の気配』『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』『マチズモを削り取れ』などがある。週刊誌、文芸誌、ファッション誌、ウェブメディアなど、さまざまな媒体で連載を執筆するほか、近年はラジオパーソナリティとしても活動の幅を広げている。

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