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同人誌の世界は「そこそこ起業」? 推しエコノミーの本質とは何か

作家を支えていくコミュニティ

 Mさんのお話から伺えたのは、あくまで趣味を共有する人達の、年に数回の「お祭り」がコミックマーケットの本質であるということでした。年にのべ100万人以上を動員するイベントですので、工夫次第ではいくらでも「稼ぎ方」があるかもしれませんが、当事者はそういう考え方は「良くないこと」と考えています。むしろ、稼げる/稼げないで判断してしまう、私を含めた部外者の感覚自体が誤りかもしれません。よく考えれば、大手サークルでも一会場あたりの販売数が1000部程度だとしたら、その他のサークルが同人誌だけで生活することは難しいはずです。だからこそ、「稼ぐ」のではなく、「楽しむ」ことが優先されているのでしょう。

 とはいえ、現在のMさんが4年前から仕事を辞め、同人コンテンツの販売で生活を成り立たせているのも事実です。その経緯を掘り下げて聞いていくと、MさんはFANTIAを始めとした作家支援型コンテンツプラットフォームの登場が、独立を実現させてくれたと答えてくれました。
 
「作家支援のパトロンサイトをはじめたのは、初めてコミケにサークル参加した半年後の2017年の7月なんですよ。月会費500円で、初月に9,000円入っているんですね。意外にみんな払ってくれるなと思っていたら、8月に39,000円、9月に62,000円、10月に84,000円、11月に96,000円、12月についに10万円まで伸びたところで、お、仕事を辞められるのではと。それで、こんなに会員がいるので申し訳ないと、週一回の更新するようにしたら会員さんが凄く増えていって。だいたい2020年から今まで、月55万円くらいです」

 国内ではFANTIA、FANBOX、海外ではPATREONなど、作家支援型コンテンツプラットフォームが2010年代に次々に立ち上がりました。その特徴は、ネット上で作品を販売するのではなく、人々がお気に入りの作家に「寄付」や「支援」という形で会費を支払い、作家は有料会員向けの限定公開の作品や、会員からのオーダーに基づく作品、制作状況報告などを提供していくというものです。Mさんの生活と創作活動は、この作家支援型コンテンツプラットフォームを通じて獲得した、1万人の無料会員と、1200人の有料会員に支えられています。

 たった1200人と思うなかれ。この1200人の有料会員を中心とした月会費やコンテンツ販売を通じて、現在のMさんは年1000万円近くの収入を得ているそうです。

「コミケは東京で開催されているので、地方の人にとっては辛いんですよ。だからパトロンサイトって、地方住みの人が盛り上がりに参加しやすくなったのかなと。実際、有料会員も北海道から沖縄まで、地方の方のほうが多いです」

 単行本やイラスト画集といった「作品」ではなく、「作家」そのものに課金をしていくということは、一般には理解しがたい感覚かもしれません。しかし、コミケでは「価格設定のルール」で作り手を守っていることを踏まえると、「作家」に課金することは不思議ではありません。SNSが発展した現在、作家支援型コンテンツプラットフォームを通じてお気に入りの作家を支援して、コミュニティ内で楽しみを共有していこう、という考え方にまで、オタクの人達の感覚は進歩しているのかもしれません。

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高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

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