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山で生きる祖父が体現していた、本当の意味での「稼ぐ力」

山で「生きていける力」=「稼ぐ力」

「まぁ、いろいろじゃな」

 小学校6年生の頃、思い切って「おじいちゃんの仕事って何なのか」を聞いてみたところ、祖父が困ったなぁという感じで、しばらく唸ったあとに出た答えがこれです。

「じいちゃんもワシも、山だったら生きていけるんよ」

 すぐそばで話を聴いていた父が、笑いながら答えました。

「まぁ、そうじゃな。みーくんも、どこででも生きていける力を勉強せなあかんぞ」

 祖父はそう言いつつ、お手製の番茶を啜っていました。

 祖父の言う「どこででも生きていける力」というのは、12歳の少年であった私にとっては大問題に思えるパワーワードです。ましてや、「山だったら生きていける」なんて聞くと、どうすれば良いのか、余計に気になります。

 帰り道の車内で父に、「山でいろいろやって、生きていく」ということがどういうことなのかを聞いてみたのですが、これがどうにも要領を得ません。例えば、父が私と同じ年頃の頃、山を切り開いて畑を耕していた話、テレビを買うために兄弟総出で木炭作りをした話、食べられる山菜と食べられない山菜の見分け方の話などなど、色々な話を聞かせてくれたのですが、それが「どこででも生きていける力」にどうつながっていくのかがわからない。

「じいちゃんもワシも、ナイフ一本あったら山で生きていけるからな」
 
 父は最後にそう言いましたが、祖父は元軍人、父親は180cmオーバーのマッチョだったので、小学生の私には、ランボーのようにならないと、山では生きていけないと思えました。

 それから40年以上の時が過ぎ、首都大学東京(現東京都立大学)の准教授に着任していた私は東京都檜原村を訪ねていました。当時、地域活性化と社会企業家をテーマにフィールドワークを続けていた中で、東京都の木材で高性能住宅を提供するTOKYO WOOD普及協会に出会い、木材を提供する山主の方にインタビューをお願いしていたのです。

 都心部から1時間半ほどの距離にある檜原村ですが、現代的な小洒落た部分もあるものの、かつて私が通っていた祖父の実家とどことなく雰囲気が似ていました。山主さんの自宅も、敷地内にコテージやBBQスペースがあったりするのですが、庭に松やツツジが植えられ、木炭を作るための窯があったりします。建物の現代的な部分を抜いてしまえば、本当に祖父の家とそっくりでした。
 
「車で走っていると、あちこちでツツジが植えられていますけど、このあたりで流行っているのですか?」

 一通りインタビューを終えた後、檜原村を訪れるまでの間、あちこちで目についたツツジについて山主さんに尋ねると、意外な答えが返ってきました。

「昔、ツツジが流行って、売れていたらしいよ。だから、その時期にあちこちでツツジを植えたんだよ」

 この山主さんの一言から、祖父が庭先に大量に植え、世話をしていたツツジの生け垣が脳裏に浮かぶとともに、40年越しの疑問が氷解しました。そういえば、祖父の家の庭にも、ツツジが大量に植えられていたのです。

 高度経済成長期に住宅需要が爆発した頃、国産の杉やヒノキの木材は飛ぶように売れていました。その頃は、角材一本が平均的な労働者の日当一日分で売れたと言われています。一般的にイメージするような林業家の仕事として、山林を伐採して木材を出荷し、植林していくことで「稼いで」いました。

 しかし、多くの木造住宅が外国産材を利用するようになった80年代には、林業自体は「稼げない」仕事になりつつありました。その時、山主さんたちはどのように生活していたのかというと、その時々で山で採れるものを見つけては、現金に変えてきた訳です。

「まぁ、いろいろじゃな」という祖父の言葉は、ほんとうに「そのまま」の意味だったのです。
 
「この10年は木炭が売れているね。都内には炭火を売りにしている焼鳥屋や焼肉屋が増えてきたから、少し拘りのあるお店だと良質な木炭を欲しがるんだよ」

 山主さんはそうも言いました。実は我が国で全国の家庭にガスが供給されるようになったのは、1970年代後半からです。それまで、家庭の主な熱源は木炭と薪でした。父が話してくれたように、その頃は確かに、間伐材を利用して木炭を作り売れば高級品のテレビが買えるくらい「稼げた」のです。

 ガスの普及とともに、木炭ビジネスは廃れてしまいました。しかし、時代と状況が変わって、また売れるようになると、檜原村の山主さんたちは木炭を焼き始めています。山主は林業だけで生きている、という現代的な職業への固定観念から、山から得られる色々な資源を稼ぎに変えて、そのミックスで生活していくという、当たり前の行動を見落としてしまっていたのです。

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高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

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