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〝成瀬〟きっかけで訪れて、魅力満喫の弾丸旅!食に感激、疎水に癒され、歴史にひたる!【第6回 琵琶湖25時間の旅<後編>】

驚きの味噌、小豆栽培から始める上生菓子

 まずは明治時代から続く味噌蔵「九重味噌」さんへ。店内には量り売りの味噌がずらり。
 いずれも長期常温保存が難しい天然醸造の生味噌で、熟成蔵から私たちの手元に日をおかずに届けたいというこだわりの味噌。なので東京までの時間や保存状況に鑑み、泣きながら気になるものを少しずつ購入した。
「天然粒生味噌」(十割麹、天然醸造、無添加、米と大豆は滋賀県産、塩は赤穂)、「特選まろやか味噌」(滋賀県の環境こだわり農産物認証を受けた米、大豆、手作りの米麹で1年間熟成)。そして、極上白味噌。無添加(白味噌は酒精強化したものや甘みを足したものも少なくない)、国産材料、米・大豆・塩だけのシンプルな生きている白味噌。
 待てずにその夜ホテルで、スプーンでお味見して感涙。止まらなくなる自分を抑えました。そのまま冷凍したら最上のアイスになるな、と。そして麹も販売されていたよな、さぞや、と。
 次にAさんおすすめの和菓子屋さんへ。「畑仕事でお休みされる日もあるからね、今日は開いていてよかったですね」とAさん。畑仕事?農家さんが兼業で? と思いながら暖簾をくぐったのは「茶菓 山川」さん。
「週のうち3日は農作業で、材料の小豆を自分で作っているのよ」とAさん。えええ?店主の山川さんは、なんとあんこの材料の小豆から自分の手で育てているのです。しかも土壌をつくり、有機肥料で。さらにここで使われている水はすべて、比良山系の伏流水「生水しようず」と呼ばれる湧き水。
 頂いた「くずいちご」や「豆大福」のあんこの自然な甘み、澄んだ味わいたるや。特にくずで包まれたいちごって珍しいでしょう?水も滴る上生菓子でした。
 続いて万治元年(1658年って、4代将軍家綱の、江戸初期じゃないですか!)から続く酒蔵「平井酒造醸(平井商店)」さんへ。さすがの間口の広さ、立派な酒蔵だ。今夜のお供にと、滋賀県の酒米で作られた特別純米、シグネチャーの浅茅生(あさぢを)300mlを購入。お土産にはラベルもモダンで気になった特別純米の生酛仕込み「カエル」を。 
 代々ご当主は八兵衛の名を襲名されるそうで、現在のご当主は17代目、18代目は娘さんで、蔵元杜氏(蔵のオーナーであり、酒を醸す責任者・杜氏でもある)だそう。Aさんも時々、こちらのお酒で晩酌するとのこと。楽しみ。
 そして「八百與」さんへ。江戸末期、嘉永3年(1850年)創業、精進料理屋から現在は漬物で知られる名店に。立派な構えの建物は江戸時代末期のままだそう。名物の「なが漬」はいわば奈良漬(野菜を酒粕に漬けたもの)で、宮内省御用達だった逸品。こちらもさることながら、季節の菜の花と水ナスの浅漬けがおいしそうで購入。驚きの良心価格だった。「旬の野菜の浅漬けが豊富で、ズッキーニとかもあるのよ。サラダがわりにいいの」とAさん。
 最後に琵琶湖の魚を扱うAさんおなじみの魚屋さん「オカモト水産」さんへ。魚屋と言ってもここは琵琶湖。地元長崎や東京ではほぼ見ることがない「鯉の洗い」に目が釘づけに。 
 さっきの平井さんのお酒に合う、と購入。酢味噌がついてきます。鯉というと海育ちの私は独特の臭みが気になるのだが、この洗いのおいしいこと。すっきり淡白な身に、特有の細やかながらざらりとした食感がおもしろくて、箸もお酒も止まらなくなってしまった。
 ここでも鮒ずし3年物、近江でよく食べるという大豆の甘煮、そして立派な鯉の甘露煮をお土産に。帰宅後、甘露煮はごはんがススムくんで、うれしく困った。

九重味噌
九重味噌
平井商店
平井商店
平井さんの酒、カエル
平井さんの酒、カエル
八百與
八百與
鯉の洗い
鯉の洗い

藤とご縁と

 どの店でもAさんは顔なじみで、おー! わー! とあいさつを交わす。そんな中で上品なご婦人が「Aさん、商店街ツアー?」と声をかけてきた。聞けば同級生なのだそう。そして「いま、うちの藤の花が満開だから一緒に見に来ない? よかったらどうぞ」と優しくお誘いいただいたのだ。私まで?「え、ええ、いいんですか?」ということで、初めて会った方のご自宅に藤を見に行くことに。
 アーケードからほど近い、美しき邸宅のお庭には、それはそれは見事な藤棚があった。しかも、ため息が出るほどの満開。日本式の庭で、拳二つ分くらいのボタンも満開。別世界を見るようで幻想的でもある。俗物なので、アニメ&漫画『鬼滅の刃』で、鬼が苦手という理由で鬼殺隊の本部にこれでもかと植えられ咲き乱れる満開の藤の花を思い出した。
「この木はかれこれ40年経つんですよ。母が藤を植えたいって言って植えたんです」
 庭の藤がよく見える和室の特等席に、お母様が眠る仏壇があった。ふじこさんというお名前だったと教えてくれた。
「ここまでの藤棚は見たことがありません。ご母堂、ありがとうございました」と心の中でつぶやきながら、手を合わせた。

 ひとりで通りかかった時は、大丈夫かな? と思った商店街も、Aさんの案内を経て通れば、生き返っている。「大津、いいでしょう? のんびり時間が流れていて他にはない町なんですよ」とAさん。愛だ。一期一会、自転車で帰るAさんに思いっきり手を振って見えなくなるまで見送った。
 鯉の洗いに、大豆煮、季節の浅漬けに日本酒、デザートの上生菓子もある。それに部屋がとても快適だったので、この日は18時からひとり部屋宴へ。部屋に置いてあった「おいしい滋賀」(滋賀のおいしいものがまとめられたオリジナルの小本)を読みながら眠りについた。
 そう、明日はまた早いのだ。

琵琶湖疎水を船で京都まで

 翌日、再び船に乗る。これもずっと乗ってみたかった、びわ湖疎水船。乗り場が三井寺の近くだったので、散歩がてら三井寺へ。しかし、三井寺は天台寺門宗の総本山。35万坪ほどあるそうで、散歩で寄り道とか、鼻で笑われそうなすごいお寺だった。30分ほど見て歩きごあいさつして、次回の宿題に。
 そしてここでも走って、三井寺から近い疎水船乗り場、大津閘門前へ。9時15分発、10時20分京都山科着の疎水船に乗るのだ。
 ところで、琵琶湖疎水とはなにか? 明治時代に竣工した大津・琵琶湖と京都を結ぶ人工の運河だ。もっと詳しいことは、声優さんのように達者でフレンドリーな面白いガイドさんが全部説明してくれる。ちなみに、ガイドさんはジャパニーズパナマ運河、とも。
〝京都まで小船っていいな″〝新緑がきれいそう″くらいで疎水船に関する知識、これに至るまでの歴史、背景など1ミリも知らずに乗っても、ガイドさんのおかげで、降りる頃には人に語りたくなるくらい詳しくなっている。私のように。
 ざっくり語ってみる。首都が東京になって皇居も東京へうつると、京都は狐や狸の寝床とまで言われるようにさびれたのだそう。このままではいかんと、琵琶湖から京都までの希望の水路をつくろうと計画されたのがこの運河。
 当時の大きな土木工事はすべて輸入技術で、外国人技師にゆだねられていたが、琵琶湖疏水の建設は、東大を出たばかりの若きなべさくろう氏をリーダーとしてすすめられる。すべて日本人の手によって行われた日本で最初と言っていい大土木事業だったらしい。運輸に限らず、かんがい施設や沿岸での精米のための水車の動力、さらに上下水道と期待される役割は多岐にわたっていた。
 ここに、田邉氏がアメリカ視察で見つけてきた水力発電も加えられ、これにより日本初の水力発電所が蹴上に誕生する。安い電力は京都の産業を支えた。さらに大津から京都を経て大阪までの舟運が開いたことで、米や資材を舟で運搬できるようになった。それに当時も観光船が行き来していたらしい。運河、大成功。
 しかし、鉄道や道路の発展により役割を失い、1951年(昭和26年)に廃止される。その後、これって日本の優れた土木建築遺産としても、観光船としてもすばらしいんじゃないの?(ざっくりです)ということで、平成30年(2018年)に、約70年ぶりに観光船として復活したのである。その後、年々人気となり、今では桜が咲く春から新緑、秋の紅葉と、とにかくチケットが取れない観光船に(今ココ)。
 いくつかあるコースの中で私が乗ったのは、三井寺から山科の一番短いコース。疎水でもっとも長い 2.4キロ超えのトンネルを通る。印象としては乗っている間ほとんどトンネル。
 しかしこれが、じつに珍しい一直線のトンネルなのだ。だから入った瞬間に出口の光が見えている。それでまもなく出口ね、と思うのだが、長い、着かない、経験したことのない不思議なトンネルだった。竣工当時は赤煉瓦と石垣だったらしく、トンネルを作るだけで3年半かかったそうだ。きっと多くの人が犠牲になったのではなかろうか? 真っ暗な長いトンネルと新緑のまばゆいほどに美しいコントラストを経てそんなことを思ってしまった。
 この運河が京都にもたらした琵琶湖の水は、富裕層の庭園への引水にも使われた。以前、ご縁あって山県有朋の別荘だった「りんあん」を見学させてもらったが、琵琶湖の水の引水がこの庭の美しさを作っていた。南禅寺周辺には清流亭、碧雲荘など疏水からの水が流れる庭園は多い。平安神宮、円山公園、現在の京都国立博物館の庭園にも疏水の水が引かれているそうだ。

 船を降りたら山科。10時半少し前。昨日の朝、琵琶湖のミシガンに乗ってから25時間ほど。1泊2日のてんこ盛りすぎじゃない? の旅が終わった。
 ちなみに、大津⇔京都間は京阪電車でも行くことができる、と疎水の降車場山科に近い京阪山科駅で知った。これがかなり面白く、びわ湖浜大津駅では普通の電車ながら、そのあと大津の町中の数駅は路面電車になり、そこから山岳電車になって山越えして、再び普通の電車になり、京都に入ると最後は地下鉄になるそうだ。4つの機能を持つ、全国でも珍しい超高額車両らしい。今度は京阪電車で行ってみようかな。

琵琶湖疎水船
琵琶湖疎水船
びわ湖疎水船トンネル
びわ湖疎水船トンネル

今回登場した店舗・ホテル(営業時間・定休日などは変更の場合があります。お出かけの際には事前にご確認ください)

●HOTEL 講 大津百町
〒520-0043
滋賀県大津市中央1-2-6
TEL 0570-001-810

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●九重味噌製造
〒520-0043
滋賀県大津市中央1-7-18
TEL 077-522-2184
営業時間 10:00~17:00
定休日 日・祝日・第2、4土曜日

●茶菓 山川
〒520-0046 滋賀県大津市長等2-10-5
TEL 077-527-0088
定休日 月曜日・火曜日・水曜日(日曜日は不定休)
営業時間 10:00~18:00

●平井商店
〒520-0043
滋賀県大津市中央1-2-33
TEL 077-522-1277
営業時間 10:00~18:00
不定休

●八百與
〒520-0046 滋賀県大津市長等2-9-4
TEL 077-522-4021
営業時間 10:00-19:00
定休日 日曜日 

●オカモト水産
〒520-0046 滋賀県大津市長等2-9-32
TEL 077-522-3989
営業時間 9:00-18:00
定休日 水曜日・日曜日

●びわ湖疎水船
https://biwakososui.kyoto.travel/

本連載は今回で終了です。
ご愛読いただき、ありがとうございました。
書き下ろしを加え書籍化する予定です。
どうぞお楽しみに!

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山脇りこ

料理研究家。東京都内で料理教室を主宰。長崎県の日本旅館に生まれ、四季折々の料理に触れながら育つ。旬の素材を生かした野菜料理や保存食が特に得意。食いしん坊の旅好きで、国内外の市場や生産者めぐりがライフワーク。特に台湾はガイドブックを刊行するほどのリピートぶり。著書に『50歳からのごきげんひとり旅』(大和書房)『50歳からはじめる、大人のレンジ料理』(NHK出版)『食べて笑って歩いて好きになる 大人のごほうび台湾』『いとしの自家製 手がおいしくするもの。』『一週間のつくりおき』(ぴあ)『台湾オニギリ』(主婦の友社)など多数。

http://www.instagram.com/yamawakiriko/

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