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立ち吞みって日本の文化なのか? 第3回 明石&神戸

旅エッセイ『50歳からのごきげんひとり旅』の勢いが止まりません。
具体的で有益な情報と旅心を刺激するエッセイが旅渇望者の心を摑み、発売から1年を経て版を重ね続けすでに12万部に。
食へのあくなき探求心はもちろん、好奇心にあふれる料理研究家の山脇りこさんが、
訪れるほどに深みにはまるという関西、西の都を案内します。
今回は、NHK大河ドラマ『光る君へ』で注目される源氏物語関連エリア「明石」旅を綴る第2回の続編です。

イラスト/丹下京子 写真/山脇りこ

第3回 明石&神戸

京都の「ぽんしゅや 三徳六味」にて(メニューは日替わり)
京都の「ぽんしゅや 三徳六味」にて(メニューは日替わり)

ひとりで立ち呑み、行ってみますか?

「日本人って、なんで立って飲んだり、食べたりするのが好きなんですか?」
 え、え、ええ、そう?そんなことはじめて言われたわ、と答えにつまったのは、京都の立ち呑みの名店「ぽんしゅや 三徳六味」でのこと。
 とびきりおしゃれなふたりやなー、あかぬけてるわー、しかし日本語ではないので、台北タイペイから?香港から?と思って見ていたら、ちょっと聞いていいですか?と声をかけられた。
 え、私?と思ったけど、隣にいたのは、ええ私。はい、なんでしょう?=YESと答えた。
びっしり墨書きで書かれたメニューの中から赤丸がつけられたおすすめを指して、
1.鈴かぼちゃとは何か? (→摘果かぼちゃと言っていいと思う。ふつうのかぼちゃ(栗かぼちゃ)を早めに小さい若い時に収穫したもの、やわらかい、生で食べられる)
2.雲仙ハムとは何か?(→長崎の島原半島、雲仙にあるハム屋さんが作っているハム、おいしかよ!と長崎人らしく)
 と難題をぶつけられ、生後1年レベルの英語+翻訳ソフト『DeepL』でなんとか説明したら、とっても喜んでくれた。そこで調子にのってどこから来たの?と聞いたら、「上海」との答え。
 おおお、そのおしゃれっぷりは、そうか上海かー、とそこで異文化コミュニケーション終了、と思ったら冒頭の質問が飛んできたのだ。
「だって、日本以外でこういう店って見たことないから。楽しいけど、不思議」 そうなのー?そうかなー?と、ぐるぐるとこれまでの旅の経験を思い出してみた。
 立って飲むというと、イギリスのパブが浮かぶ。パブで立って飲むと酔わないと言われた、との話も聞いたことがある。酔ったら立っていられなくなるからか?いずれにしてもほぼ食べない。食べるとしてもポテトチップ、ローストビーフ、フィッシュアンドチップスくらい?
 イタリアのバール、スペインのバルは、もう少し食べられるか。朝ごはんもあったりするので役割が違う気もする。かの有名なバルの聖地、スペイン、サンセバスチャンでも、ピンチョスなどのおつまみメイン?しっかり食べるところは席もあった気がする。あとは、レストランのウエィティングバーのようなもの?軽く飲んでオリーブあたりをつまみ、ディナーに向けテンション上げる感じ。
 アジアには屋台含めファストフード的な店はいっぱいあるけど、さくっとおなかを満たす感じで、ほぼお酒は飲まない。そもそも、たとえしょぼい椅子であっても座って食べる。
 たしかに、とことん立って楽しむ“立ち呑み屋”って、もはや日本独自の文化なのかも。この店だって、夕方6時でほぼ満席。みんなずっと立ちなのは承知の上で、楽しそう。全国から集めた50蔵以上の日本酒があって、30品以上のおつまみラインナップ。しかもおつまみと言っても、前菜からメインまであり、焼き鳥も天ぷらもすき焼きまであるのだ。
 ちなみに、立ち呑み屋に多いと感じる「呑」という漢字は象形文字で“大きな口を開けてのみ込む様子”を表しているという説があるらしい。立った姿のほうが確かにその雰囲気だ。鯨飲のイメージか?鯨は立ってないけど。
 上海ペアには 「そうだねー、いや日本に多いとは気づかなかったよ、新発見!」と答えた。江戸時代のすしやそばなど、サクサク短時間で食べた名残かな。
 そんなことを思いながら、立ったままで楽しむ限界が1時間の私(50代あるある)は、「よき旅を」と言って帰路についた。
 私の、人生2度目のひとり立ち呑み探訪での話だ。1度目、つまり初めてのひとり立呑みは明石だった。時計を3か月ほど巻き戻す。

明石で2つめの大人の肝試し、ひとりで立ち呑み屋へ

 明石で人生初のひとり寿司をキメた話は前回書いた。うまくいって? 気をよくし、その後、須磨海岸の散歩で腹ごなしして、再び明石へ。
 この日、もうひとつ挑戦したい大人の肝だめしがあったのだ。
 それは伝説の立ち呑み屋、というか角打ち、たなか酒店の『立ち呑みたなか』で、立ち呑みをキメる! だ。
 たなか酒店は、明石駅から徒歩5分くらいの魚の棚商店街(アーケード)の中にあった。たなか屋という看板がかかるのが酒屋さん。その左手にSTANDSAKEBAR田中という看板があり、この奥に角打ちがあるらしい。
 角打ちというと、酒屋が酒を買いに来たお客に、軽く一杯、ここでも飲めますよ、と用意しているイメージ。かつて、樽に入った日本酒を升で量り売りしていた頃、買った酒をその場で(待てずに)飲みたい人が升から飲む=升の角から酒を飲む、だから角打ちと言うらしい。
 しかし、ここはそんな素朴な酒屋の角打ちではない、つまみがめちゃくちゃうまい、と信頼する呑兵衛氏(勝手に頼りにしているインスタの中の人)情報で知ったのだ。しかも毎日行列だという。明石に来たからには勇気を出して参戦してみようじゃないか。

いざ、立ち飲みの聖地『立ち呑みたなか』へ

 HPによれば、この日の夜の部の開店は17時。そこで16時30分ごろに行くと、まだ誰も並んでいない。しめしめと、魚の棚商店街をするっと一回りして戻ってきたら、ら、ら、16時50分、ぬあんと、7、8人並んでいるではないか!ぎゃーってことで、その後ろに並ぶ。グループあり、ひとりあり、私の後ろにもどんどん列がのびる。
 17時、店が開いたようでぞろぞろ前にすすむと、酒屋の脇にあたる長めの廊下があり、その奥に夢のカウンターがあった。
 カウンターの奥から順に案内され、私は奥から7番目くらいの席に陣取った。気づけば満席じゃないか。
 カウンターには、調理を待つ食材や、工夫が凝らされたおばんざいが並ぶ。うーん、全部食べたくなる。なんだろ? このボリューミーな揚げたかぼちゃみたいな? タコはいくな、明石だもん、とワクワクしながら、まずは奥に陣取る強者っぽい常連たちの流儀を見守る。
 意外にも? 素直に明石のクラフトビールから始める人が多い。よし、見習おう、明石ブルワリーの無ろ過生ビールください!
 くうううっ、たまらん。上手にやわらかく煮られたブドウ色のタコの旨煮(からしが添えられてるのがいい)をつまみながら、呑む、立って呑む。ちょっとドキドキするけど、うん、私のことなんて誰も気にしてないわ、大丈夫、たのすいー。
 本日のおすすめSAKEリストから、明石の来楽純米生原酒(来る楽とは名前がサイコー)をお願いし、穴子白焼き(この日、2回目の穴子!しっとり)、白レバーのマスタードクリーム煮(絶対マネする!)、定番のポテトサラダ、ぬかづけもいただく。
 ふうう、いい歳だけど、また大人の階段上ったな、と悦に入ってしまった。カウンターから出る飲み物を、壁際のワイン樽をテーブルに立ち呑む女子にパスしたりして、わいわい、この狭さがまたよろしい、と。
 立って呑むから楽しいのか?はたまた、楽しいから立っていてもいいのか?
 この数か月後、「日本一の角打ち 明石・魚の棚商店街「たなか屋」の絶品つまみ」(誠文堂新光社)というレシピ本が出た。わかるよー、酒屋が飲ませる角打ちとは一線を画し、“しっかり明石のおいしいものを食べてね”そんな気持ちが伝わる料理だったから。メニューの横に、たなか屋で使っている食材へのこだわりが貼られていて、隠し味には明石のいかなごの魚醤が使われていると書かれていた。よか店だー。

明石「立ち吞みたなか」のお酒メニュー(日替わり)
明石「立ち吞みたなか」のお酒メニュー(日替わり)
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山脇りこ

料理研究家。東京都内で料理教室を主宰。長崎県の日本旅館に生まれ、四季折々の料理に触れながら育つ。旬の素材を生かした野菜料理や保存食が特に得意。食いしん坊の旅好きで、国内外の市場や生産者めぐりがライフワーク。特に台湾はガイドブックを刊行するほどのリピートぶり。著書に『50歳からのごきげんひとり旅』(大和書房)『50歳からはじめる、大人のレンジ料理』(NHK出版)『食べて笑って歩いて好きになる 大人のごほうび台湾』『いとしの自家製 手がおいしくするもの。』『一週間のつくりおき』(ぴあ)『台湾オニギリ』(主婦の友社)など多数。

http://www.instagram.com/yamawakiriko/

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