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川村エミコ「わたしもかわいく生まれたかったな」

昭和の小学生も忙しかった! 一週間の習い事

 その日はYちゃんとYちゃんのお母さんと私でミスタードーナツでお食事中。うちのお母さんは働いていて、その日は私1人でした。
 私がトイレに行き、戻って来た時です。
 YちゃんがYちゃんのお母さんに「えみこちゃん、好きじゃない。」カミングアウトしているのを聞いてしまったのです。Yちゃんのお母さんは「好きじゃないなんて、そんな。」と言ってました。

 ガーン!です。えみこ、ガーン!
 人からダイレクトに嫌われました。
 ウッと心を押し込みました。何も聞いてない振りをして席に座りました。そして、普通にしてました。心が満タンで喉に詰まりそうになったヨーグルトクリームをなんとか飲み込んだのを覚えています。

 何事も無かったようにそれからのピアノもYちゃんと一緒に過ごしました。ただ、次の週からミスタードーナツは行かないとお母さんに言いました。
 お母さんも好きで私も好きなヨーグルトクリームを半分こして食べるのが大好きだったけど、Yちゃんと過ごす方が辛いので、やめました。

 それから小学6年生になった秋の受験ギリギリの時に、Yちゃんのお母さんから連絡がありました。
 お母様先生の塾に通っていた私は少しだけですが勉強が出来たもので、Yちゃんは小学6年のギリギリに私立に行きたい!となったとの事で、勉強を教えてほしい、塾のテストの解き方を教えてほしいと言われました。
 私はミスタードーナツでYちゃんから「嫌いだ!」と言われていたのを聞いていたので少し躊躇しましたが、困っているなら……と問題の解き方を丁寧に書いて教えてあげました。
 今でも嫌な気持ちがじんわりと滲み出てくるくらいなのに、大人な対応をしたものですが、あの時教えなくてもよかったなぁと思います。話を聞いちゃった事を言った上で、ちゃんとお断りするか、教えてあげるかをしたらよかったなぁとも思います。
 晴れてYちゃんは私立に受かり、私は落ちました。
 なんたるや、人生。

 ピアノを習いに行く事は、私に色んな経験をさせてくれました。
 また明らかに挫折した事の一つでして、「コミカルトレイン」という曲が課題曲であったのですが、足のパートが入って来て、「ドソード、シラソファ、ソドーソシラソファ」でその後どんどん音が高くなって行くのですが、どぉしても弾けなくて、母に言いました。
「どうしても弾けないので、辞めさせてください。」と。
 母はとても良いピアノを買ってくれたので申し訳ないなぁという気持ちが幼心にありました。

 私のやり残したことリストの一つに「コミカルトレイン」を弾けるようになる。というのがあります。
 とにかく真面目なもので、毎週水曜日一度も休まず行きまして、皆勤賞のピカピカしたトロフィーだけが私の手元に残りました。

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川村エミコ

かわむら・えみこ●1979年神奈川県生まれ。お笑いコンビ『たんぽぽ』のボケ担当。主な出演作品に日本テレビ『世界の果てまでイッテQ!』、フジテレビ『めちゃ2イケてるッ!』、東海テレビ『スイッチ!』など。
オフィシャルブログ→https://ameblo.jp/sienne04
Twitter→https://twitter.com/kawamura_emiko
YouTubeおかっぱちゃんねる川村エミコ公式動画館→https://www.youtube.com/channel/UCGkqb7PyCVGojtVkAOL58Bg

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