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第2回 親密さゆえにエスカレート!? 夫婦げんかの応酬

学校や職場はもちろんプライベートの人間関係でも「コミュニケーション力」なるものが求められる昨今。ありとあらゆる場で起きているコミュニケーションの行き違いを、社会言語学者の大塚生子さんが解きほぐします。

大塚さんの研究手法は、当事者に実際の会話を録音してもらい、どのような場面で、どんなことばが用いられ、そのことばを通してどのように人間関係がつくられていくかを分析するというもの。リアルな会話を手に入れるのは困難を極めるそうですが、苦労の末に入手しただけあって、その中にはコミュニケーションを円滑にするためのヒントがいっぱい。

今回は、夫婦げんかを取り上げます。親密な間柄であるがゆえに、遠慮なくずけずけと言い合ってしまい、ヒートアップしがち。お互いをよく知っているだけに、最も言われたくない一言をズバッと突いてきます。傷つけ合うだけの不毛な言い争いを終わらせるには何が必要か? ある夫婦の間で実際に行われた口論を題材にして考えます。田房永子さんの漫画とともにお楽しみください。

イラスト・漫画/田房永子

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夫婦という危うい関係

結婚をしたことのある人なら誰しも、一度はパートナーとの諍いを経験したことがあるだろう。大声で怒鳴り合うこともあれば、嫌味や皮肉でやりこめようとすることもあるかもしれない。

夫婦関係はあらゆる人間関係の中で最も親密な関係の一つだ。しかし、「最も親密」であることは必ずしも、「最も仲良し」であることを意味しない。通常人は、日常コミュニケーションの中で互いのテリトリーの侵犯を回避することによって互いを尊重し合っている。しかし、親密な関係ではその「儀礼」が失われていく。夫婦とは、ある意味では気を遣うことなく「素の自分」でいられる貴重な関係であるといえるが、一方で気に入らないことがあると、配慮なく相手のアイデンティティやプライバシー、内面にまで踏み込んで攻撃を行うことが許されると思ってしまう、危うい関係でもある。

今回は、実際の夫婦げんかの会話を分析し、親密な関係でどのように対立が行われているのかを見ていきたい。

※以下の会話は、当事者の了解を得て掲載しています。

リアルな夫婦げんかを分析する

【登場人物】
千夏(妻・仮名)…20代後半
修平(夫・仮名)…20代後半
両者とも関西出身、関西在住。結婚期間は5年(記録当時)

二人は、自分たちの子どもの中学校進学に関する話題で意見を対立させている(子どもはまだ幼稚園児)。以下に二人の立場をあらかじめ示しておく。

修平:公立中学出身。地元の公立中学に進学させるべき
・地元の友人が必要
・経済的レベルが比較的高い家庭の子どもが集まる私立中学への進学は反対

千夏:私立中学出身。私立中学に進学させるべき
・友人はどの中学校に進学してもできる
・大学進学に力を入れている私立の中学に通わせるべき

子どもの進学先をめぐる対立

.(千夏1)そやろ、そら友達も分かるけどさあ、別に地元じゃなくてもさあ.

.(修平2)俺は友達もう、高校とか大学とかやっぱ切れてさあ、結局地元やねんって.

.(千夏3)(かぶせ気味に)いやだか[だから]ゆってるやん、あたしも私立でおるってなんぼでも.

.(修平4)お前がゆってんのは.

.(千夏5)(かぶせ気味に)修平は自分のことばっかりゆってるけどそうじゃない人のほうが多いって.

.(修平6)ちゃうやん、俺はそら、今でも飲んだり色々あるで? そうじゃないやつもなんぼでもおるけどや、でも.

.(千夏7)(かぶせ気味に)そやろ、それやったら.

.(修平8)俺は公立でよかったと思ってるし、あいつらとつるんでよかったと思ってるし.

.(千夏9)でも私立やからって友達できひんわけちゃうやん、あたしもいっぱい友達おるって.

.(修平10)でもお前地元の友達おらんやん.

.(千夏11)(間をおかず)でもあんたより大学のレベル高いやん.

――0.8秒の間――

.(修平12)おんま[お前]結局事務やんけ、営業職行ってばりばり働いてみろや.

.(千夏13)あたしは女やから事務で行ってんやん、それはあたしの選択の問題.

――0.8秒の間――

.(修平14)ふーん.

――8.0秒の間――

.(千夏15)うん.

――25秒の間――

.(千夏16)まあ、難しいな.

――5.5秒の間――

.(千夏17)はあ(ため息).

――8.5秒の間――

.(修平18)んー.

この後は同じようなフィラー(間を埋めるための意味のない発話)が数回繰り返され、しばらくして会話記録は終わっている。

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大塚生子

おおつか・せいこ
大阪工業大学工学部准教授。専門は社会言語学、語用論。実際に交わされたコミュニケーションをもとに、ことばがどのように人間関係を築いていくかを分析。主な論文は、「ママ友の対立場面におけるイン/ポライトネス分析―感情と品行のフェイスワーク」。編著に、『イン/ポライトネス研究の新たな地平: 批判的社会言語学の広がり』(三元社)、『イン/ポライトネス―からまる善意と悪意』(ひつじ書房)など。

田房永子

たぶさ・えいこ
漫画家。2000年にデビューし、第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。若い頃から母親の過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA)が反響を呼ぶ。そのほか、『しんどい母から逃げる!!』(小学館)、『大黒柱妻の日常』(MdN)、『人間関係のモヤモヤは3日で片付く』(竹書房)、『女40代はおそろしい』(幻冬舎)など話題作多数。

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