よみタイ

鈴木光司「海の怪」
地球の表面は70%が海。
しかし、その実態のほとんどがいまだヴェールに包まれている。
国内外の海を船で渡った男だからこそ知る、海の底知れぬ魅力と恐怖とは――
その出来事は、単なる気のせいか、この世のものならぬものからのメッセージか……。
『リング』をはじめとした一連の作品で、ホラー界に金字塔を打ち立てた鈴木光司。
見聞きした実話をもとに語る、海をめぐる畏怖と恐怖に彩られた読み切りエピソード。

のび太君、船を買う

海の怪 第7回

 僕の友達に、海辺に住んでいるセミプロのダイバーがいる。名前を仮に、のび太君としておこう。彼は海に潜るのが大好きで、近くの海でしょっちゅうダイビングを楽しんでいた。
 ある日、タンクを背負って潜っていると、偶然大量のアワビを発見した。欲をかいたのび太君は、籠を持ってきて再び潜り、次々とアワビを籠の中へと放り込んでいった。近くには旅館が建ち並んでいて、持っていくといい値段で売れるのだ。

 すっかり欲に惚けたのび太君は、タンクの空気が限界になるまで夢中になってアワビを採り続けた。そして、もうこれ以上は無理だというところで浮上しようとしたが、アワビが重くて思うようにいかない。もうすぐ海面に届きそうなのに、どうしても重みで落ちてしまう。
 息を思いきり吸い込んで肺を膨らませると、浮力によって浮きあがる。しかし、水面の直前で苦しくなって吐き出してしまい、またスーッと落ちていく。その度にタンクの空気もどんどん減っていった。

 そんなことを何回か繰り返したのち、欲の皮がようやく剥がれ、アワビを少し捨てて浮上することに成功した。空気の残量が残りわずかというところで、どうにか九死に一生を得たが、のび太君にはそんな一面があった。
 
 その一件から、半年ほど前の話である。
 のび太君には、巧君という友達がいた。巧君は4人兄弟で、建設会社の社長の息子だ。長男が社長を継いで、次男が専務。巧君は常務を任されていたが、彼は仕事が大嫌いだった。常務の給料は得ていたが、肩書きがあるだけで、実際は好き勝手に遊んでいた。
 仕事はまったくしていなかったが、こと海に関しては何でも得意で、自分のヨットも持っていた。しかも、彼はその名の通りとても器用で、ヨットの修理もお手の物だ。建設会社にいたため、資材や部品も簡単に手に入れることができた。

 ある日、巧君は、友達の岩男君が事故を起こしたと聞いた。岩男君もヨット乗りで、26フィートのヨットを所有していたのだが、座礁して船底を岩にぶつけてしまったという。しかも破損は大きく、全損にするしかないらしい。
 車を廃車にするときは10万円程度だが、船となると価格は10倍に跳ね上がる。専用の保険に入っていればよかったのだが、イワオ君は入っていなかった。修理をするとなると、さらに金がかかる。

 そこで巧君は、思うところがあって岩男君に話を持ち掛けた。
「岩男君、この船どうするんだ?」
「いやあ、参ったよ。修理しようにもできないし、廃船にも金がかかるし」
「じゃあ、俺にちょうだいよ」
「え、引き取ってくれるのか?」
「ああ、俺が引き取る」
「そりゃ有難い。ぜひ頼むよ」
 岩男君にとっては渡りに船だ。二つ返事でこの話を受け入れた。

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鈴木光司

すずき・こうじ●1957年静岡県浜松市生まれ。作家、エッセイスト。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。91年の『リング』が大きな話題を呼び、その続編である95年の『らせん』では吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』は日本で映像化された後、ハリウッドでもリメイクされ世界的な支持を集める。2013年『エッジ』でアメリカの文学賞であるシャーリイ・ジャクスン賞(2012年度長編小説部門)を受賞。リングシリーズの『ループ』『エッジ』のほか、『仄暗い水の底から』『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』など著書多数。

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