よみタイ

第30回 歌人の月

春夏秋冬、旬の食材は、新鮮で栄養たっぷり。 季節の野菜は、売り場で目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところです。 Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、文庫化された『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。 食をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを、「暮らしの手帖」などの写真が好評の砺波周平さんの撮影で紹介します。 自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。 連載をまとめた書籍『土を編む日々』が10月5日に発売されます!

 里芋の葉茎を背負った女性と、同じ車両に乗り合わせたことがある。
 場所は新宿、山手線。高尾のほうから戻ってきたのだろうか、そのうらやましい持ち物を見た瞬間、子どもの頃よく食卓にのぼった赤いずいきを思い、口のなかがじゅっと酸っぱくなった。東京で葉茎に出くわしたのは、この一度きりだ。
 雨傘にもなりそうな大きな葉を見れば、もともとは熱帯の植物なのだと分かる。耐寒性を身につけながら日本列島を北上したものの、秋田・岩手より北では現在でも栽培が難しいという。秋の初めから年明け二月頃までが旬。根っこに毛むくじゃらの実が連なり、子孫繁栄を象徴する野菜でもある。
 私が生まれ育った富山県砺波市は、散居村と呼ばれる風景で知られる。広大な砺波平野に家々が点在し、それぞれの屋敷を取り囲むようにしてカイニョ(防風林)が築かれている。台風や夏の日差しから家を守るその役割に、保守的でよそ者を受け容れにくい土地柄を重ね合わせ、十代の頃は美しいと感じるどころか、未来に立ちはだかる障壁に思えた。
 家と家の間を占めるのは、言葉を奪うほど圧倒的な田んぼと、その間を縫って流れる水路である。航空写真で見ると、水田は夕暮れには赤い鏡となって光り、初夏には一面の濃緑が視界を覆う。明確な農地計画などおそらくなかったろうに、水路の配置は行き届いていて、精巧だ。
 田んぼに水を引き入れるための水路にかかっていたのが、水車式の里芋洗い装置である。都会のひとはどんなものかご存じないかもしれない。短冊型の木板を連ねて筒を作り、川の流れによって回転するように組み立てたもので、中に里芋を入れて蓋ができるようになっている。
 里芋同士がぶつかり合うことで、皮はすっかりむかれ、なめらかな肌が現れる。故郷の田んぼの光景を思い出すとき、そこには必ず、ごろん、ごろん──川底を這う里芋の音が鳴っている。

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新刊紹介

寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で12万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』『泣いてちゃごはんに遅れるよ』、版を重ねている文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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