2024.11.20
感動的なほど働きやすい転職先で起こった「セクハラ事件」 第19話 事務職の楽園追放
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隣の席のA先輩が、女性社員にセクハラをしていたことが明るみになったのだ。本来こういうことは大々的に発表されることはないが、社員20名ほどの小さな会社なので、ただならぬ雰囲気に誰もが気づいていた。明らかに何かが起こっている。副社長と部長とA先輩と女性社員という異例のメンバーが会議室に集まっている。女性社員は沈んだ表情をしている。その時ふと、だいぶ前にこの女性社員から「A先輩からキモいラインが届く」と聞いていたことを思い出した。てっきり私は、A先輩が処分される形で落ち着いたのだろうと喜びを滲ませながら「もしかしてあのこと言ったんですか?」と、女性社員に聞いてしまったのだ。しかし、返答は思いもよらない内容で愕然とした。A先輩にも、会社の対応にも、何一つ納得がいかなかった。そして日が経つにつれ、部長や副社長と女性社員が揉めることが増え、A先輩はしばらく休暇を取るという話になっていた。
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ある日、部長に社員数名が呼び出され、女性社員が過剰に事を荒立てているだけなので、A君に対する処罰感情を持たないようにしてほしいと説明された。機嫌のいい時は『東京ラブストーリー』の鈴木保奈美のようなテンションの女性部長が、今回はシリアスな浅野ゆう子のトーンで「あのね……A君に……処罰感情を持たないでほしいの」と情に訴える。秒でイラついた。処罰感情を持つか持たないかは私の自由である。それを態度に出すなというならまだ検討の余地があるが、どういう感情を向けるかまで部長に決められる筋合いはない。さらには「女性社員と関わるな」とまで言われ、さすがに「それは私が決めます」と突っぱねてしまった。別に女性社員と親しかったわけでもないが、なぜ今、加害者であるA先輩がこんなにも庇われているのか。
隣にいた別の先輩は「女って怖いね」とせせら笑っており、どうやらここにいる全員、「女性社員がセクハラを騒ぎ立てた」という認識で一致しているらしい。なんだかみんなでA先輩のためにお膳立てしている空気が気に入らない。この件は、弁護士も挟んでセクハラ自体は認定され示談金も支払われたそうだが、にもかかわらず女性社員が非難されているのも納得がいかなかった。しかも、謹慎(表向きは家庭の事情で一週間の休暇)が明けて出社したA先輩は、ヘラヘラ笑っている。例の女性社員が休みがちになり、その穴を埋めるために必死で対応している別の社員を見ながら「あいつも大変だなぁ」と言って、笑っている。笑って……いる……? みんな内情を知っているということを知らないからだろうか。悲痛な表情以外見せないでほしい。弁えろ。彼が普通に振る舞えば振る舞うほどストレスが溜まっていった。こいつが不在の間、私は女性社員と会社帰りに会っていたという理由で部長から電話口で怒鳴られて険悪になっていたし、部長はいつものように雑談しているが、A先輩にだけは話しかけないので別の社員がずっと付き合っている。その間、A先輩といえばダンマリしている。おい! お前のせいだぞ! お前のせいでこんな空気になってんだぞ! 私はキレそうだった、というかキレた。
「少しは雑談に入ったらどうですか? ほら、テレビの話してますよ! 好きでしょそういうの!」
私は請求書を作るため席を移動しようと立ち上がったタイミングで叫んでいた。オフィスがしんとする。事情を全部知っている営業部の方々も、この瞬間私がアンタッチャブルな存在になったことを把握したようで、PCから顔を上げない。さすがサラリーマンとしての生き方を心得ていらっしゃる。全員一瞬黙ったあと、部長が「えー! なになに? えーいみわかんなーい」とおどけていた。私は無視して作業した。
数日後、退職届を出した。キレたから辞めるわけではない。この事件が発覚した日から、少しずつ転職サイトを眺める日が増え運良く仕事が見つかっていたのだ。キレたのも、もう辞めるからどうでもよくなっていたんだろう。ここに安住するつもりだったのに、また転職することになってしまった。
次回は12月18日(水)公開予定です。
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