よみタイ

スズキナオ「この世の隅っこの「むう」な話」

言葉の壁、文化の差、習慣の違い…気まずい思い出しかないパリだから、また行きたいのだ

気まずい思い出しかないパリだから、いつか再訪したいと思うのだ

その思い出に引っ張られるようにしてよみがえる気まずい場面が他にもあって、それが、キャミーとキャミーのお父さんがエッフェル塔のすぐそばのレストランで食事をしようと自分を連れて行ってくれた時のこと。ドアを開けたお父さんに続いて店に入って行くと、店員が友人を見て、どうやら「アジア人は入れない」というようなことを言っているらしいことがわかった。

お父さんとキャミーが申し訳なさそうに「ごめんごめん」と謝りながら、「フランスには色んな考えの人がいる」ということを言っているようだった。さらに「じゃあ、あっちに行こう」と次に目指したレストランでも同じ理由で断られてしまう。「その時はショックっていう感じより、それまで人種を意識したことがなかったから、こういうのってあるんだ!ってびっくりしたわ」と、友人はその時のことを回想する。とにかくキャミーとお父さんが終始申し訳なさそうにしていて、それに対して返す言葉もなくて困ったという。

友人がその話に続けて「それがさ、日本に帰ってきてしばらくしてテレビ見てたら、芸能人がパリを歩いている旅番組があって、同じレストランで食事してたの!」と言った。「あれはなんで?芸能人だからかな?」と、私に聞かれてもわからない。

「文通相手と話すこと無さ過ぎ事件」「レストラン断られ事件」のほか、「キャミーが紹介してくれた彼氏とめっちゃチューしまくってる時、どこ見ていいかわからない事件」やら「帰る日の前の晩に開いてくれたパーティーでキャミーが激しくダンスし始めて『さあ一緒に!』みたいに言われてどうしていいかわからない事件」とか、友人の思い返すのはたしかにちょっと気まずい瞬間ばかりだった。

「でもその気まずさが忘れられなくて、いつも思い出すんだよね。だから今の自分だったらどうだろうっていうのを確かめにまたパリに行きたい」と言った後、友人は「そうだ!」と何かを思い出したらしかった。

「帰り際にキャミーにお世話になったお礼に『牛乳寒天』を作ったのね。日本から寒天の素を持って行って、だけど『計量カップを貸して』っていうのがフランス語で言えなくて、すごい適当な分量で作ってとりあえず冷蔵庫にしまったんだ。それで『固まったら食べてね』みたいに伝えて帰ってきたんだけど、あれたぶん、うまく固まらなかったと思うんだよね……」と、そう友人が語るのを聞きながら、私の頭の中に、会ったこともないキャミーという人が、ドロドロの謎の物体を取り出して困っている顔が浮かんでくるような気が、強くしてくるのだった。

(了)

エッフェル塔の見える部屋でキャミーは牛乳寒天を食べたのだろうか
エッフェル塔の見える部屋でキャミーは牛乳寒天を食べたのだろうか
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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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