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スズキナオ「この世の隅っこの「むう」な話」

言葉の壁、文化の差、習慣の違い…気まずい思い出しかないパリだから、また行きたいのだ

言葉が通じないことがこんなにも歯痒いことだとは

友人が通っていた高校はパリに姉妹校があり、毎年数名の生徒が「短期ホームステイ」をするプログラムがあったという。春休みに1週間ほど、パリの姉妹校に通っている生徒の家に泊めてもらって交流を図るのが目的で、友人もそこに参加することにした。
池田理代子の名作マンガ『ベルサイユのばら』が大好きで、幼い頃からいつかフランスに行ってみたいと思っていたらしい。

姉妹校があるぐらいだから、学校には普段からフランス語の授業があったそうだ。そこで初歩的な文法程度は習っていたが、「でもフランス語がしゃべれるっていうレベルでは全然なかった」と友人は言う。「今思えばそんな状態でよく行こうと思ったなって」と。

パリにたどり着いた友人のホームステイ先は「キャミー」という女の子がお父さんと二人で住む家だった。オートロックのオシャレなマンションで、窓からはエッフェル塔が見え、「おお、これがフランス!」と感激したという。

それにしても、キャミーと二人きりになって友人が痛感したのは自分のフランス語のしゃべれなさである。日本からのホームステイを受け入れるぐらいだからキャミーは積極的に話しかけてくれて、自分の意志を理解しようと頑張ってくれるのに、まったく言葉が返せないのがもどかしい。キャミーに迷惑をかけているようで申し訳ない気持ちにもなった。

「今の時代だったらなー。スマホの翻訳アプリを使ったり、『ポケトーク』とかあったら全然違ったろうな。その時はそういうのも無いから『ほんやくコンニャク』があればなーって思ったわ。ドラえもんの道具ね」と友人は遠い目をするのだった。

『ベルばら』がきっかけで憧れ続けてきたパリだったけど
『ベルばら』がきっかけで憧れ続けてきたパリだったけど

友人にはホームステイ期間中に一つ大きなミッションがあって、それがパリに住んでいる文通相手と会うことだったという。友人の通っていた学校は中高一貫校だったそうなのだが、その中学にはフランス人のペンフレンドを紹介してくれる制度があって、それを通じて知り合った文通相手がいたというのだ。

中学時代からの数年間、お互いの趣味とか、学校でこんなことがあったとか、そういうことを2ヶ月に一回ぐらいのペースで伝えあっていた。フランス語の辞書を何度も引きながら手紙を書き、返事が来たら辞書を片手にそれを読む。遠い国に友達ができたということが嬉しかったそうだ。

その文通相手にパリに行くことを手紙で伝えると「ぜひ会いたい」と返事がきた。手軽に連絡を取り合える手段もないから、キャミーに電話をかけてもらって待ち合わせ場所と時間を決めた。そうして当日、凱旋門の近くで文通相手が現れるのを待った。お互い顔も知らなかったが、向こうから歩いてくる姿でなんとなくわかったという。

何年も手紙でやり取りしあった相手と会えた。「こんな人だったんだ!って嬉しかったけど、これがまた、全然会話が続かないの」と、いつもは辞書を引きながら書いた文字でコミュニケーションが取れていたけど、フランス語が上手に話せない以上、「オー!」と言って握手して、その他にすることがない。

なんとなく「その辺を散歩しよう」みたいなことだけ身振り手振りで伝え、シャンゼリゼ通りを二人で歩いた。
「どうしよう……何も話すことがない」と思ってうつむきながら20分ぐらいほぼ無言で歩き、どちらも口を閉ざしたまま適当なところで引き返し、再び凱旋門が見えてきたところで立ち止まって「どちらからともなく、もう帰ろうっていう雰囲気になった」という。「オールボワール」と、それぐらいは言えた別れの言葉をつぶやいて手を振って別れた。
友人が人生で経験してきた時間の中でも指折りの「気まずいひととき」だったという。

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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