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高級旅館の支配人と「ゴ」のつく漆黒の虫とブラトップの華麗なる戦い

肌着姿でブラトップを振り回し「ゴ」をすかさず掴み取った!

しかし事態をそのままにしておくこともできない。
友人が意を決して「あの、適当にやっちゃってください!」と声を出すと、支配人はその言葉に意識を取り戻したかのようにスプレーを床に置いたかと思うと、手を伸ばしてブラトップをむんずと掴み、思いっきりブンブン振り回したという。

自分の下着が振り回される様子、そしてそこから虫が飛び出してくる様子がまるでスローモーションのように見えた。そしてそこから、床に落ちた虫を支配人が片手のティッシュで抑え取り、「お騒がせしました!」と頭を下げて部屋を出ていくまではあっという間だった。

たかが虫、されど虫、ましてや「ゴ」のつくのはちょっと
たかが虫、されど虫、ましてや「ゴ」のつくのはちょっと

部屋に残された二人はしばらく放心状態だったという。
だが、記憶をたどり直すようにしてこれまでの間に何が起きたかを思い返すと、じわじわ笑いが込み上げてきた。
まず、受付の時はあんなに格好よかった支配人の肌着姿での登場。そして繊細すぎるスプレー使い。まったく勢いの落ちない虫が逃げ込んだ場所がよりによってブラトップ。そしてそれがブンブン振り回される映像。振り回して放り投げられたままの形で、今、目の前に落ちているブラトップ。

友人たちも支配人も、部屋に迷い込んだ虫も含め、誰も悪くない。偶然この場に居合わせた登場人物たちによる謎の寸劇。なんだったんだこの時間は。

興奮して笑いが止まらなくなり、友人たちはだいぶ夜更かししたそうである。
翌朝、朝食時に宿のスタッフに謝られ、かえって申し訳ないことをした気分だったそうだ。

あの虫が現れたという点を除いては申し分のない旅館だったので、いつかまた泊まりにいきたいと友人は言う。
そしてとにかく今後、部屋に下着を脱ぎ散らかしておくのは絶対にやめようと心に誓ったとのことだ。

(了)

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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