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スズキナオ「この世の隅っこの「むう」な話」

草むらに投げ捨てたはずの湯呑みが翌朝、教室の机の上に置かれていた恐怖

修学旅行の陶芸体験にいやいや参加したパンク中学生の反骨スピリット

岡山県出身の友人Hさんは、中学三年生の時に修学旅行へ行った。2泊3日、行き先は福岡と長崎だった。Hさんはその頃、パンクロックにハマっていた。セックス・ピストルズに憧れ、アルバム『勝手にしやがれ‼︎』を繰り返し聴きまくる日々。

「修学旅行なんてくだらねえ! やってらんねえ! と思っていました」というHさんだが、同じくパンクロック好きだった親友が渋々参加するというので、それなら気も紛れるかと、おとなしく行くことにしたのだった。

修学旅行の行程は詳しく覚えていないそうだが、初日の昼、食事の後に陶芸教室で絵付けを体験するという時間があった。生徒各自が湯呑みに好きな絵を描いて、後日焼き上がったものが学校まで郵送されてくる。
こっちはパンクにしびれているというのに「湯呑みに絵付け⁉︎ やってられるかよ!」と思っていたらしい。

一生懸命に緻密な絵を描く生徒もいたが、Hさんと親友は最初から投げやりな態度。Hさんはその頃読んでハマっていた漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の中に登場する「無駄無駄」という言葉だけを湯呑みの側面に殴り書きしてさっさとおしまいにした。
一方の親友はにょろにょろっと波線の模様だけ書いて「はい終わり」。絵でもないし文字ですらない。なんと不遜な態度かと思うが、中学高校時代にはとにかくひねくれたい時期があるものだ。

そんな姿勢から生まれた「パンク湯呑み」が、しばらくして学校へ送られてきた。担任の先生が一人ずつ手渡ししていく。先生は、Hさんと親友に「お前ら、ちゃんと大事に使うんだぞ」と諭すように言った。

湯呑みに絵付け……確かにパンク中学生とは縁遠い
湯呑みに絵付け……確かにパンク中学生とは縁遠い

その日の帰り道、Hさんと親友はいつもそうしているように二人で歩いていた。畑や草原や雑木林ばかりが目につくのどかな風景だが、パンクロックから受けとった衝動が二人の心の中では荒ぶっている。

途中でふと親友がバッグから湯呑みを取り出し、適当な波線がひかれたその側面をしばし眺めたかと思うと、草むらの向こうへ放り投げた。「いらねーよ!こんなの」と。

Hさんも自分の湯呑みを捨てていこうかと一瞬考えたが、なんとなく思いとどまり、それからは二人とも押し黙るようにしてそれぞれに家へ帰っていった。

草むらの彼方へと湯呑みは消えていったはずなのに
草むらの彼方へと湯呑みは消えていったはずなのに

翌朝、教室の机の上で二人を待ち受けていたのは……

翌朝、Hさんが教室へ行くと親友が「おい、やべえよ」とHさんを手招きした。

親友の机の上には昨日確かに草むらに放り投げたはずの湯呑みが置かれている。側面にはあの適当な波線がある。「うわっ。気持ちわりぃ!」と、Hさんはゾッとしたという。

草むらに放り投げた湯呑みが割れずに残っていたのも不思議だし、それをもし誰かが拾ったとして、それが親友のものだと判別できるわけもないのである。なのにそれが今ここにある。誰も探し回るはずのない、雑草が伸び放題の草むらに投げ捨てたのに。

Hさんと親友は、「もしかして担任の先生がこれを見つけ出したのか?」とも話し合った。だとすれば先生から呼び出されて叱られたり、なんらかの憂鬱なことが待ち受けているに違いない。「ああ、最悪だ」と思っていたが、その日も次の日も先生はいつも通り。何ごともなく、平然と月日は流れていった。

その後、親友はその湯呑みをどうしたのかと私は聞いた。
すると、Hさんが言うには「もう一回戻ってきたらヤバいよな」と笑いながらもまた草むらに捨てて、今度はもう戻ってこなかったそうだ。そして、Hさん自身が作った「無駄無駄」の湯呑みの方は、「こんな変な湯呑み、いらない!」と、しばらくして母親が捨ててしまったそうである。

(了)

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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