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オギリマサホ「スポーツ界イケてる顔面図鑑」

ドラフトの季節がくると思い出す、史上最多指名を受けた野茂英雄のこと~野茂英雄(元プロ野球選手)

そして野茂への交渉権獲得に向けての抽選時、8枚のクジの中からたった1枚の当たりを引き当てるのはいったいどの球団なのかに注目が集まった。

当時の、ダイエー・田淵幸一監督、日本ハム・大沢啓二球団常務らが次々とクジを引いていく中、最後のクジを近鉄・仰木彬監督が引いた。「残り物には福がある」という諺の通り、最後に残っていたそのクジが「当たり」だったのである。

ちなみにこの年は有望な選手が多かった。野茂の抽選に外れた球団はそれぞれ「外れ1位」を指名したが、もしロッテに野茂が入団していたらロッテのエース・小宮山悟は誕生しなかったし、大洋に野茂が入団していたらハマの大魔神・佐々木主浩も存在しなかったわけだ。クジの行方ひとつで、さまざまな人の人生が変わっていく。
ところで野茂といえば、投球時に一旦打者に背中を向けて体を回転させる投球フォームがあまりにも有名だ。我々は野茂の顔を思い出す時、同時に野茂の背中も思い浮かべている。顔と背中とを同時に連想させる人など、広い世界を見渡しても野茂くらいだと思う。 

近鉄に入団した当初、この独特のフォームに対しては賛否両論があったようだが、仰木監督はそのままのフォームで投げることを容認した。この投球フォームには公募で「トルネード」投法という名前が付けられ、あっという間にファンの間に定着したのである。
1990年の開幕後、4月29日に17奪三振という当時のプロ野球タイ記録を挙げて初勝利、その後も活躍を続け、最多勝(18勝)、最多奪三振(287)、最優秀防御率(2.91)と投手タイトルを総なめにし、新人王、沢村賞、リーグMVPに選出された。

そして野茂はメジャーリーグ界へと飛び立った

ところが5年目のオフ、近鉄球団と野茂との間での契約交渉が決裂し、近鉄は野茂を任意引退選手とした。任意引退選手となった場合、現役選手として復帰する場合は引退当時に所属していた球団にしか復帰できない。こうした中で野茂はメジャーリーグを目指し、1995年2月にドジャースとマイナー契約を結んだ。この一連の出来事に関しては、近鉄首脳陣との確執など様々な理由が指摘されているが、しかしそのことによって、後の「メジャーリーガー・野茂」が生まれ、日本人選手のメジャー移籍の道が切り開かれたのである。

もしあの時、近鉄以外の球団が野茂のクジを引いていたならば。もしかして、新人の時からフォーム修正を迫られて、活躍ができなかったかもしれない。或いは日本球界で長く活躍し続けて、メジャーに行かなかったかもしれない。
しかしそれらはすべて起こらなかった「もしも」である。

現在の野茂は、社会人野球クラブチーム「NOMOベースボール」のオーナーや、少年野球のジュニアオールジャパン監督を務め、後進の育成に当たっている。それは将来の野球界にも少なからず影響を与えていくものだろう。
今年のドラフト指名選手たちが、クジを引き当てた球団でどのような活躍をしていくのか。今はまだ分からないその未来を楽しみにしていたい。

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オギリマサホ

1976年東京都出身。イラストレーターとしてシュールな人物画を中心に雑誌や書籍などで活躍。中学1年までは巨人ファンだったのが、中2のときに投手王国・広島カープに魅せられ、広島ファンに転向。そのカープ愛が炸裂するイラストエッセイ『斜め下からカープ論』を刊行。野球のみならず、広くスポーツ界を愛している。
Twitter@ogirim

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