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大ヒットアニメ『天気の子』は「池袋素人童貞モノ」の歴史を継承している?!【平成しくじり男 第6回】

私小説『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』で注目を集めたの山下素童の新連載がスタート!
「平成」という時代に生まれ育った男たちが苦境に立たされている──彼らはなぜ"しくじって"しまうのか?

前回は、ドラマ『こっちを向いてよ向井くん』を読み解きながらホモソーシャルな恋愛の抜け出し方を考えました。
今回、大ヒットアニメーション映画『天気の子』への驚くべき批評が語られます。
イメージ画像:PIXTA
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“池袋素人童貞モノ作品”の系譜

「素人童貞」という言葉がある。

性風俗店に勤めるプロの女性としか性行為をしたことがない男のことを、「素人の女性に対しては童貞」という意味を込めて「素人童貞」と呼ぶ。お金の力がなければ性行為ができないことを蔑むニュアンスが込められている言葉だ。この言葉は昭和の終わりに生まれ、平成を通して定着した。

平成の時代には、そんな素人童貞が主人公の作品があった。なかでも有名なものは、宮藤官九郎脚本のドラマ『池袋ウエストゲートパーク』や、花沢健吾の漫画『ボーイズ・オン・ザ・ラン』だ。偶然なのか、両作品とも東京の繁華街である池袋を舞台にしている。

このたった2作品をもってひとつのカテゴリーに収めるのもどうかと思うが、とりあえず、この2作品を”池袋素人童貞モノ作品”と呼ぶことにしよう。

そのようにカテゴライズしたくなったのにも理由がある。

令和の時代に入ってから、”池袋素人童貞モノ作品”の歴史を継承しながらポップカルチャーの最前線に踊り出た作品を見つけてしまったからだ。意外かと思われるかもしれないが、それは新海誠監督の映画『天気の子』である。

『天気の子』といえば、離島から東京に家出してきた16歳の帆高と、祈るだけで天気を晴れにしてしまう不思議な力を持った15歳の陽菜が出会う、ボーイミーツガール作品である。観客動員数は1000万人を超え、日本の歴代興行収入ランキングで現在20位に位置している。こんな絵に描いたような国民的青春アニメ映画のどこに、素人童貞の要素があるというのだろうか?

勘の鋭い人なら、帆高が上京した際に歌舞伎町をバニラ求人のトラックが走るシーンから東京の描写がはじまっていることを思い出すかもしれない。あるいは、童貞少年と娼婦の出会いが印象的な『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(村上春樹訳)の書籍を帆高がカップラーメンをつくるときの重石にしているシーンを思い出すかもしれない。あるいは、陽菜がイベント会場の天気を晴れにする仕事をした際に、売買春の相場である2万円がおじさんから陽菜に手渡しされる瞬間がわざわざクローズアップされるシーンを思い出すかもしれない。あるいは、帆高がオカルト雑誌の記事を制作している会社にインターンすることが決まった際に「体験入店!?」と、性風俗の世界でしか使われない単語を従業員の女性が口にするシーンを思い出すかもしれない。

『天気の子』には随所に、性風俗の世界を連想させるシーンが散りばめられている。しかしそうしたシーンがあることをもってして、『天気の子』が”池袋素人童貞モノ作品”の歴史を継承していると言いたいわけではない。もっと、決定的なシーンがあるのだ。

それは物語の中盤。異常気象で災害級の雨が降り山手線が運休した際、宿泊できるラブホテルを求めた帆高と陽菜が、池袋にある地下通路「WE ROAD」を浸水するなか横並びで歩くシーンだ。

これだけを聞くと、どうしてそのシーンが”池袋素人童貞モノ作品”の歴史を継承しているのか、まだピンと来ないに違いない。その説明をするために、まずは池袋にある「WE ROAD」という地下通路が一体どういった性質のものなのか、その説明から始めなければならない。

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「WE ROAD」とは、池袋駅北側の西口と東口を結ぶ地下通路のことである。この地下通路は大正時代に「雑司が谷隧道」という名称でつくられ、昭和の終わりに「WE ROAD」という愛称がつけられた。「西(West)」と「東(East)」を架橋することから、その頭文字を繋げたのが「WE ROAD」という名前の由来だと言われている。そこには同時に、「私たち(WE)」という意味も込められているそうだ。

そんな「WE ROAD」の大きな特徴のひとつは、西口の夜の街と東口の夜の街を直結させているところである。池袋は駅の北西と北東にラブホテルや性風俗店が密集しているのだが、「WE ROAD」はその2つを直結させる。この地下通路は右に行こうが左に行こうが、たどり着くのは夜の街なのだ。

池袋にあるラブホテルや性風俗店に赤いピンを立て、西口と東口を繋ぐ地下通路「WE ROAD」の場所を示した図
池袋にあるラブホテルや性風俗店に赤いピンを立て、西口と東口を繋ぐ地下通路「WE ROAD」の場所を示した図

「WE ROAD」のそうした地理的な条件によって引き起こされる現象がある。それは、自分のことを癒してくれる夜の街の女性を探し求めるとき、男は「WE ROAD」を行ったり来たりしてしまうということだ。

なにを根拠にそんなことを言っているのかといえば、私自身の経験である。20代の前半という若い時期に池袋に5年以上住みながら性風俗店で童貞を失い、将来のことをなにも考えずに「素人童貞」を略した「素童」というペンネームで作家活動をはじめてしまった私は、何度も何度も「WE ROAD」を西へ東へと行き来することを繰り返していた。

たとえば、池袋の東口にあるお店で指名しようとしていた女性が当日欠勤をしたとき、私は「WE ROAD」を歩いて西口の別のお店へと向かったことがあった。あるいは、池袋西口のお店のビルのエレベーターが不具合で動かなかったとき、お店の女性がみんな東口の系列店に移動したことをメルマガで知り、私は「WE ROAD」を歩いて東口にあるお店へと向かったこともあった。

そんな風に性欲に突き動かされているときに渡る地下通路こそが「WE ROAD」なのだ。そして私はそんなとき、とある奇妙な感覚に陥いることがよくあった。

「WE ROAD」という、ホームへは向かわない者だけが通り抜けるだけの地下通路が、生殖とは無縁の、ただ快楽だけを貪るために口を開けた性器に思われて仕方がなかったのだ。その空虚で細長い通路を、性欲に突き動かされながら西へ東へと往復する。さながら私はそんな自分自身のことを、狭い肉壁のなかをただ往復するだけの男性器のように思った。性欲に突き動かされている私にとっては、「WE ROAD」という池袋の夜の街を繋ぐだけの地下通路が、人間の下半身のアナロジーとして目の前に立ち現れたのだ。

夜の街と夜の街を直結させるという地理的な状況においても、狭く細長い通路という形象においても、そしてそこを歩く自分自身の身体感覚としても、夜の街のすれ違いの肉体関係をあまりにも象徴してしまうのが、池袋にある「WE ROAD」という地下通路なのだ。

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ここまでのあまりにバカげた話を読んで、もうほとんどの人がスクロールする手を止めてしまっただろうか?

幸いここまで読んでくれている方の多くも、こういった意見が私のたった一人の妄言に聴こえているかもしれない。しかしこれはきっと、私だけの感覚ではないのだ。

“池袋素人童貞モノ作品”として先に2つの作品を挙げた。『池袋ウエストゲートパーク』と『ボーイズ・オン・ザ・ラン』だ。これらの作品には2つの共通点がある。それは、どちらの作品も主人公が素人童貞であること。そして、作品の主題が「WE ROAD」を通して描かれていることだ。

宮藤官九郎脚本の『池袋ウエストゲートパーク』は、池袋西口公園(IWGP)を溜まり場とする元不良青年のマコトとその仲間たちが、不器用な正義感に突き動かされながら街で起こる事件や抗争を解決していくストリート・サスペンスだ。このドラマの第8話のとあるシーンに「WE ROAD」は登場する。

第8話は、マコトの相棒のマサという男にマドカという女子高生の彼女ができた話だった。しかし、急にヤマンバギャルたちがマサのところに押し掛けてきて、「無理矢理やってマドカのこと妊娠させただろ」と嘘の言い掛かりをつけ、マサはリンチされたのちに76万円を請求される。そんな大金を工面できないマサのために、仲間たちがマサには内緒で各々の能力を活かしながら「WE ROAD」のなかに一夜限りの路面店を開きお金を稼いだ。

『池袋ウエストゲートパーク』の主題は”仲間との友情”だった。「WE ROAD」はそんな主題を象徴するシーンで舞台として使われたのだ。

花沢健吾の漫画『ボーイズ・オン・ザ・ラン』は、素人童貞で27歳の会社員の男、田西敏行が主人公の恋物語だ。この作品は「WE ROAD」という観点から見ると実に恐ろしい作品だ。

主人公の田西は、年下の社員の女性であるチハルのことが好きになり、ラブホテルに行ったりといい感じになるが、結局振られてライバル会社の男に寝取られてしまう。しばらくして今度はジムトレーナーの女性であるハナのことを好きになり付き合うことにも成功し、最終的には同じジムに通っていたいじめられっ子の小学生の男の子を含めた3人の疑似家族的な繋がりを得るにまで至る。

チハルと初めてラブホテルにいくときに通った道も、ハナと運命的な出会いを果たした場所も、そしてハナと付き合うことになった場所も、ハナと一緒にいじめられっ子の男の子を救うために学校へ走り出した場所も、そのすべての舞台が「WE ROAD」だった。

『ボーイズ・オン・ザ・ラン』の主題は”恋愛を通した非モテ男の成長”だ。その成長が、常に「WE ROAD」に見守られている形で描かれている。これはもう「WE ROAD文学」とでも名づけたいくらいの作品だ。

以上2作品からわかる通り、「WE ROAD」が男にとってあまりにも夜の街の性行為を象徴しすぎているという感覚は、おそらく私だけのものではないはずだ。だからこそ素人童貞が主人公の作品をつくるクリエイターは、その作品の主題を「WE ROAD」を通して描いてしまう。そのことこそが、”池袋素人童貞モノ作品”の性質、いや、「WE ROAD」がもつ奇妙な性質だと言うことができるだろう。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

X(旧Twitter)@sirotodotei

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