2022.10.27
感動のフィナーレ!柴田勝家が最後に辿り着いた、推しと向き合うということ
ラストライブの時間
──のだが、いざ店内に入るとアウェイ感が半端なかった。
「勝家さん、おつでーす!」
「おう、遅かったなぁ」
織田きょう卒業式にはつばささんも猫さんも来ていた。彼らはワシのように喧嘩はしていないから当然である。その他、きょうちゃん人気を証明するように、満員のお客さんたちも楽しそうに過ごしていた。イベントの主役である彼女は周囲に笑顔を振りまいていて、また歌がリクエストされてお立ち台に上れば歓声が上がる。
ただワシ一人だけ、横を通り過ぎる推しと目も合わせられず、気まずい物理的すれ違いを繰り返していた。全て上手く行くはず、などと盛り上がったのは非常階段までで、なおも推しとの喧嘩は続行中である。
「勝家さん……、来てくれて、ありがと」
「おう」
一応は声をかけてくれたきょうちゃんだが、彼女もワシと話すのが気まずそうだ。そうなるとワシから「ごめん」の一言が出るはずもなく、というか「なんでこっちが気を使わなきゃいけないんだ」と怒りすら湧く始末。
だから、クライマックスのライブでもワシは席を立って逃げ出していた。
(なんだ、ワシがいなくても楽しそうじゃないか)
ただ一人、ライブ中に店のトイレに籠もっていた。迷惑かもと思ったが、店で一番人気のメイドさんの卒業式、そのラストライブの時間だ、普通の人はわざわざ席を立ったりはしないだろう。扉を貫通して聞こえてくるのは、あれほど好きだったきょうちゃんの歌声と湧き上がる人々の声だ。
(みじめじゃないか、この場所に来るまでの道を色んな人に整えて貰ったというのに)
トイレから出ても、ワシは自分の席に戻ることはなかった。ちょうど店内の間仕切りとなっている壁の前で腕組みをして待つ。そこは目隠しになっていて、いつもならイベントで花束を渡す人間が待機する場所でもあった。
(最初のイベントの時も、ここで花束を用意して待ってたな。ラストライブが終わるとメイドさんからの挨拶があって、キリの良いところで『ちょっと待った』だ)
ライブが終わろうとする中、ワシは過去を思い出していた。まもなく、きょうちゃんの最後の挨拶が始まる。それが終われば、もう本当に彼女とはお別れだ。今日まで三年半という長い間、ずっと推してきたメイドさんが去る。そのことを思うと感極まるものがあった。
「今日は、卒業式に来てくれてありがとうございました」
やがてマイクを通してきょうちゃんの声が店内に響く。姿は見えないが、どんな様子で挨拶をしているのか簡単に想像できた。これまで何度も見てきた姿だからだ。
「私なんかのために、これだけの人が集まってくれて、本当に嬉しいです」
最後の挨拶はつつがなく進む。これまでの思い出を語り、卒業式を手伝ってくれたメイドさんへの感謝も告げる。以前は何を言うかも迷っていた彼女だが、スラスラと言葉を紡いでいく。自分の気持ちを言葉にするのにも慣れたということだろう。
「えっと……」
しかし、不意に彼女が言い淀んだ。
もう少しじゃないか、何をしてるんだ、頑張れ。
複雑な気持ちの中、ワシは自然と推しのことを応援していた。あれほど嫌いになった相手だったが、ここまでくればクセのようなものだ。
「今日まで、色んな人に支えて貰いました。私を推してくれる人がいたから、こんな景色が見れました……」
彼女は織田軍へのお礼を述べていく。一つずつ、丁寧に。それを聞くワシはきっと、半笑いで半泣きだっただろう。
「私のことを……、最初から応援してくれた人もいて……」
この一言を聞いて、ワシの心臓が跳ねた。
「その人にも、お礼を伝えたいです。今、ここには……、いないけど」
今にも泣きそうな彼女の声を聞いて、ワシは自然と一歩を踏み出していた。間仕切りの壁から体を出せば、ちょうどホールの中央に真正面に向かって立つことになる。
何度も通った道だ。ここで「ちょっと待った」の一声。花束を抱えて推しへ駆けていくのが、この店での推し方だ。
「あっ……」
お立ち台に立つ彼女と目が合った。
「ここにいるさ」
ワシの姿を見た彼女が笑ってくれた。勘違いだったとは思いたくない。
「いいから、続けな」
「うん……!」
自身に満ちた表情で、彼女がマイクを握って笑う。多くの人々にお礼を伝え、最後に深々とお辞儀をする。万雷の拍手の中、彼女は見事にメイド人生をやり遂げたのだ。
「織田きょうでした! 今までずっと、ありがとうございました!」
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