2022.9.22
自分の推し方が「愛」ではなく「政治」になっていた──最古参になった柴田勝家の苦悩
もう一つの別れ
ワシが推しの織田きょうちゃんに怒りをぶつけたのと同じ日、もう一つの別れも同時進行していた。
「ねぇ、かっちゃん……」
頭を冷やし、再び店に戻ってきたワシにきょうちゃんが話しかけてきた。
「最近、のぶにゃんに会った?」
「いや、会ってないな」
そう、織田軍四天王最後の一人、のぶにゃんが最近は秋葉原に来ていないのだ。ただし、ワシ自身は彼の気持ちも理解していた。最近の彼は何か辛そうだった。ワシと一緒になって、推しについての悩みを話すことも増えていた。のぶにゃんもワシと同じく、最近は店で楽しくできていなかったのだ。
「ねぇ……、のぶにゃんに連絡して、それで伝えて。最近のイヤなこと、色々あるけど、今の私だけ見て、って……」
「ああ、じゃあ電話するよ」
ワシは戦国メイド喫茶を出て、店の外でのぶにゃんに電話をした。
『お、勝家。どした?』
「無事だったか。いやな、きょうちゃんがのぶにゃん来ないのか、って」
『あー、それなぁ』
言葉のニュアンスで全てを察した。それはワシ自身が幾度となく、推しとの喧嘩中に漏らした言葉と同じだったからだ。
『最近、辛いねん。色んなスキャンダルも終わらんし、行っても別に楽しかないし』
「まぁな、気持ちはわかるよ」
『織田さんに会いたい、って気持ちがな、もう湧かへんねん。今まで行ってたのも、織田軍がいたから楽しかっただけやし』
のぶにゃんの気持ちは、ワシの気持ちと全く同じだった。
『なぁ、勝家。こないだオススメした『竜二』見た?』
彼の言う『竜二』は80年代のヤクザ映画だ。早世した俳優である金子正次が脚本・主演を務めた作品で、主人公の竜二はヤクザだったが、妻と娘のためにカタギとなる。しかし、一般社会に馴染めず、苦悩の中、再びヤクザ社会に居場所を求めていくというストーリーだ。
のぶにゃんもワシもヤクザ映画が好きだったから、彼に勧められてちょうど一週間ほど前にDVDを借りて見たところだった。
「はは、そうか。今のワシら、まるで『竜二』だな。カタギの世界で生きようとしたけど、足抜けできねぇんだ。織田軍でいた頃が一番楽しかったからな」
『ホンマやな! 色々あったけど、織田軍と会えたんは良かったわ』
結局、ワシらが戦国メイド喫茶に来ていたのは織田軍が楽しかったからだ。他に辛いことがあっても、そこにしか自分の居場所がないと思ってしまっていた。でも、のぶにゃんは無事に抜け出せたらしい。
「なんか、最後にきょうちゃんに伝えることある?」
『せやなぁ、のぶにゃんは死んだ、って言うてくれや』
ワシは苦笑する。メイド喫茶やアイドル界隈で推すのを止めた人間のことを「他界する」と表現する。のぶにゃんなりの大仰な別れの言葉だった。かくして卒業式を前に、あれほど熱狂的に応援していた初期の織田軍は誰もいなくなってしまった。
そしてワシは店に戻った。その日はたまたま、近くの席に猫さんとたくみんがいた。二人とも昔からの友人だ。三人で馬鹿騒ぎをしていると、きょうちゃんが不安そうに近づいてきた。
「ねぇ、のぶにゃん何だって?」
「あー、死んだって」
「え?」
「死んだ、ってさ」
きょうちゃんはオロオロしながら、何度もワシに事の次第を確かめてくる。でも、のぶにゃんの気持ちを詳細に語っても彼女が傷つくだけだ。かくいうワシ自身、彼女への気持ちを失ってしまっていた。
「なんで? どうして! 嘘だよね?」
「のぶにゃんは死んだ、それだけだ」
ワシは何も言えない。でも、きょうちゃんはなおも食い下がっている。すると――。
「おう! のぶにゃんは死んだんだろ!」
隣に座るたくみんがきょうちゃんを一喝した。ワンピースの名台詞みたいだった。
「だったら、それでいいじゃねぇか。アイツの気持ち考えてやれよ!」
たくみんが主人公みたいなセリフをリアルで連発していた。完全に戦場で死んだ仲間を思っての言葉だ。きょうちゃんは呆然としながらも、たくみんの言葉に自分を納得させたようだった。
「悪いな、たくみん」
その後、ワシら三人で戦国メイド喫茶を後にして別のメイド喫茶へ行った。イヤなことは全て忘れ、昔のように馬鹿をやって楽しく過ごすことができた。
「のぶにゃんの言った通り、色々あったけど友人と出会えたのが一番良かったことだ」
ワシは一足早く秋葉原を去る。やがて来る推しの卒業式のことも、もう考えないようにしていた。
次回連載第23回は10/13(木)公開予定です。
記事が続きます