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自分の推し方が「愛」ではなく「政治」になっていた──最古参になった柴田勝家の苦悩

取り返しがつかなくなる前に送り出したかった

 やがて憂鬱な夏は終わり、再び秋が来た。

 この頃になると、ワシは推しである織田きょうちゃんが早く卒業することだけを祈っていた。喧嘩など繰り返したくないから、取り返しがつかなくなる前に送り出したかった。まだワシに自我があるうちに、織田軍として死なせてもらいたかった。

 そんな祈りが通じたのだろうか、店では織田きょうちゃんが卒業予定であることが囁かれ始めた。まだ確定ではないが、巨大な織田軍が事前に準備するにも時間は必要だったから、小出しに情報が出されているのだ。

「いよいよ、か」

 しかし、ワシにとって憂鬱な日々は続いていた。この時期、きょうちゃんは悪評の渦中にあった。この件はワシ一人で対処できるようなものではなく、また問題が大きいために深く言及もできない。まぁ、犯罪とかではないから、そこは安心してもらいたい。とにかく大変なことがあり、きょうちゃんへの印象が最悪な状態だった、というだけだ。

 それでもワシは、平静さを装ってきょうちゃんの卒業式の準備をしようと思った。

「つばささん、卒業式どうしましょうか?」

 その日、ワシは戦国メイド喫茶で友人のつばささんと遭遇したので、二人して卒業式の打ち合わせをすることにした。

「どうしましょうねぇ、今までで一番の卒業式にしたいですよね」

 などと二人して店の外にある非常階段で話していると――。

「二人とも、戻ってきてー」

 と、話題の当人であるきょうちゃんが扉を開けて呼びかけてきた。他ならぬ彼女の卒業式について話し合っているのだが、そう言われては仕方ない。

「おー、わかったわかった。少ししたら戻るよ」

 そんな返答をし、とりあえず打ち合わせを続けた。しかし、数分と経たずに再びきょうちゃんが現れ「早く戻ってきて」と伝えてきた。

 その時点でワシはきょうちゃんにイヤな印象を抱いていた。その時、ちょうど店の中にはきょうちゃんを推すお客さんがいなかった。普段は織田軍を放置しているのに、いざ自分を推す人がいない時は頼ってくる。まるで使い古したアクセサリーだな、と思ってしまった。

「ねぇ、戻ってきてよ。店長も戻ってって言ってるよ」

 三度目になって、きょうちゃんは店長の名前を出してきた。それがワシには許せなかった。本当に店長がそう思っているなら本人が言うべきだと思ったし、そうでなくとも、きょうちゃんは他人の言葉を自分の意見のために使っていた。

「わかった、じゃあ、今日は帰る。帰って外で話せば問題ないだろ!」

「えっ、ちが……」

 この時、ワシは初めて彼女に声を荒らげた。怒りながら席へ戻り、伝票を放り投げて会計を頼んだ。その間、きょうちゃんはずっと怯えていたのかもしれない。

 きょうちゃんは戻ってくることなく、会計を持ってきたのは店長だった。冷静になったワシは彼に謝罪し、後でまた来て、きょうちゃんにも謝罪すると伝えた。

「申し訳ない」

 この直後、ワシは彼女に謝った。彼女もそれを許してくれて「前みたいに楽しく話そう」と言ってくれた。ワシはそれに笑顔を返す。しかし、内心では「もう仲直りはできないだろう」と思っていた。

 最後まで彼女を推していたい、その気持ちを失ってしまった。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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