2022.9.8
推しからの突然の電話? 冷めてしまった柴田勝家のたった一つの願い
全てを出し尽くした部活OBの気持ち
織田きょうちゃんの謹慎が明け、ワシの足も回復した。そんな平成29年(2017年)の晩秋。この時はまだ、戦国メイド喫茶も穏やかな時期だったのかもしれない。
織田きょうちゃんはエースとして復活し、なおも多くのお客さんに笑顔を向けている。しかし、どうしても寂しさは拭えない。最近は織田軍の猫さんもルシファーも店に姿を見せないのだ。どこに行ってるかと言えば別のメイド喫茶で、なんで知っているかと言えばワシもそっちに顔を出していたから。
「さってと、そろそろ戦国メイド喫茶に行ってくるかぁ」
その日もワシは別のメイド喫茶にいて、横にはルシファーや猫さんもいた。
「かっちゃん、マジで疲れた声出してんな! まるで出勤するみたいだぞ」
ルシファーが冗談で言ってくれるが、本当にそんな気持ちだった。
「二人も秋葉原にいるんだから、少しは顔出してやんなよ。仕事だかんな」
「あー、まぁねぇ。一緒に行ったら別のとこいたってバレるから時間ズラして行くわ」
ワシも冗談を返せば、これに二人が力なく頷く。
どうやら織田軍は推すことに全力を出しすぎたのかもしれない。結局、これまで楽しかったのは全員が一つのことを目標に馬鹿やれていたからで、それは推しが店のトップになった瞬間に達成されてしまった。全てを出し尽くしたからこそ、その後はウソのようにボロ負け――というか部活のOBのような気持ちになってしまったのだ。後に残るのはただ、部室でダラダラ喋っているだけの日々だ。
「卒業式は、せめて卒業式だけは最高のものにしたいな」
この時からワシは、織田きょうちゃんの卒業について考えるようになっていた。まるで信長公が退いた後の織田家のことを考える老臣の思いである。
気持ちを隠して上辺で付き合う
ワシが戦国メイド喫茶に行くと、織田きょうちゃんが嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。
「待ってたよ! もう!」
「ああ、会いに来たよ」
お互いに普段通りのやり取りだというのに、なんとも空々しく感じてしまう。ワシの方が彼女から気持ちが離れているなら、きっと彼女もワシへの気持ちは離れているだろう。それを確かめることもできず、二人して気持ちを隠しながら上辺で付き合うことになる。
「おう、勝家!」
そんなワシの薄暗い気持ちを晴らすように、ことさらに陽気な声がかかった。どうやら先に店に来ていたらしい、同じ織田軍ののぶにゃんだった。
「今日は閉店までおるやろ? 終電気にせんでええよ、車で送ったるわ」
「へへ、悪ぃな。じゃ、それまで楽しむとするか」
のぶにゃんの申し出を受け、ワシは閉店まで戦国メイド喫茶を楽しむことができた。きょうちゃんとも普段より多く話すことができ、久々に懐かしい気分になれた。
戦国メイド喫茶をのぶにゃんと出て、蔵前橋通りの方まで歩く。近くに駐車していたのぶにゃんの車に乗り込む。彼の愛車は青いホンダ・ビートで、車高が低くてカッコいい2シーターのオープンカーだ。これに巨体のワシらが乗るとシルバニアファミリーの車じみた姿になるが、それはそれでカッコいい。
「ほな、飛ばすで」
のぶにゃんの宣言通り、青のオープンカーが夜の街を疾走していく。流れる曲は彼が選んだHIPHOP。ギャングスタラップを聞きながらのドライブは、それだけで東京の風景をアメリカに変えてくれるのだ。
「今日、楽しかったなぁ」
「ああ、久々にな」
どちらともなく今日の戦国メイド喫茶の感想を言い始めていた。
「最近、あんまり織田さん以外のメイドさんが話しかけてくれんからな」
「ワシも。でも前にきょうちゃんがいない日に行ったら、メイドさん沢山来てくれたよ」
「そりゃそうやろ!」
きょうちゃんがベテランになればなるほど、後輩メイドさんたちは織田推しに話しかけてこない。ワシに話しかけに来てくれるメイドさんといえば、すっかり大先輩で何も怖くない徳川めるるちゃんや、きょうちゃんの後輩でもすぐ下の豊臣めめちゃんくらいだ。この二人が卒業したら、本格的にメイド喫茶で虚無の時間を過ごすことになる。
「冬になったら、また生誕あるからな」
「まぁな、頑張るわ」
以前は織田軍を大型車にいっぱいに乗せて、車内では推しのキャスを聞いて湧いていた。それが今は二人。夜の街にラップの音を残して走り去る。
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