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ギクシャクした推しとの関係……柴田勝家に一歩踏み出す勇気をくれたもの

他のお客さんに見せていた表情

 さて、そんなことを考えていた一方でワシと朝倉きょうちゃんの関係はギクシャクしたままだった。

(とはいえ、そろそろちゃんと仲直りしないとな)

 真田かおりこちゃんと話した次の日、ワシは連日で戦国メイド喫茶にいた。というか、実はこの週はメイドさんが持ち回りでウェディングドレスを着る「花嫁」イベントが開催されていたのだ。7月ではあったが、ジューンブライドというわけだ。

 そして、きょうちゃんが衣装担当の日は7月7日だった。

「あ……、勝家さん」

 店に行けば、純白のウェディングドレスを着たきょうちゃんが出迎えてくれた。しかし、なんとも間の悪いことだ。色恋沙汰で喧嘩した直後に花嫁イベント、それも七夕の日にぶつかるという嫌な奇跡がある。

「あー、その、まぁ」

「一緒にチェキ、撮ってくれるの?」

「いや、それなんだが……」

 前にもワシの気持ちは伝えたから、改めて言うことはない。あるとしたら、こちらはもう怒ってないから以前のような関係に戻りたい、と伝えることだ。しかし気まずい空気を変えることはできない。

 むむ、と唸っていると別の席から注文があった。きょうちゃんとチェキを撮りたいという人が多く、彼女もいくらか忙しそうにしていた。

(だんだんと人気者になってきたもんだな)

 ワシは周囲に笑顔を向けるきょうちゃんを見ていた。

 もはや彼女も新人ではない。後輩メイドに教えることもあるし、朝倉軍以外にも彼女を推したいという人々の数は増えていった。持ち前の愛嬌は変わらずに、しかして出会った頃に感じた自信のなさは感じられない。今や彼女も人気メイドの仲間入りを果たしていた。

「ごめんね、勝家さん。注文入っちゃって、途中だったね」

「いや、大丈夫だ」

 やがて一仕事終えたきょうちゃんが戻ってきて、ワシのそばで以前のように微笑んでいた。多分、他のお客さんに見せていた表情をそのまま持ってきてしまったのだろう。つい気まずさを忘れてしまった。

 そう思えばこそ、勝手に距離をおいていたことが馬鹿らしく思えた。

「チェキ、撮るか」

 大きく息を吐いて、ワシも表情を緩めた。

「え、いいの?」

「何のために今日来たと思っとるんじゃ」

 ふと店内を見れば、花嫁イベントに集まってきたお客さんたちの姿があった。朝倉きょうちゃんとチェキを撮る、ただそれだけのために遠路はるばる秋葉原に来た人もいるだろう。改めて彼女の人気の高さと、そこについてまわる責任のことを思った。

「きょうちゃん、覚えておいてくれ。今日ここにいる人は、君とチェキを撮る一瞬のために時間とお金をかけて来た人たちだ。メイドさんでいるということは、その皆を平等に愛するということだ」

「はい」

 今度はきょうちゃんも、ワシと向き合って頷いてくれた。

「ま、意識さえしてくれればいいさ。いくらか差をつけても文句は言わんがな」

「あ、もう! それじゃ台無し……」

 ウェディングドレス姿のきょうちゃんと並び、チェキを撮るまでの間にそんな話をした。短いやり取りだったが、わだかまりは消えたように思えた。

「いいじゃないか、ワシも差をつける側だ。大名チェキ、君と撮ることにしたしな」

「うん……!」

 これから何があっても彼女を推していこう。この店の一番にしてみせよう。卒業するまで見守ろう。そういう覚悟を決めた日でもあった。

 ワシは心の中で、踏み出す勇気をくれたかおりこちゃんにも感謝していた。

(つづく)

 次回連載第18回は7/28(木)公開予定です。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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