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ギクシャクした推しとの関係……柴田勝家に一歩踏み出す勇気をくれたもの

「大名」&「征夷大将軍」の特別な権利

 ところで、戦国メイド喫茶の手形(ポイントカード)には色々な特典がある。

 単純なところではランクアップすると一時間ごとのチャージ料金が安くなる。一時間500円のチャージ料金は「大名」で100円になり、「征夷大将軍」ではタダになる。なんともお得だ。まぁ、元を取るためには十年くらい通う必要があるかもしれないが。

 しかし、チャージ料金の割引などはオマケである。誰もが目指してやまない「大名」と「征夷大将軍」には特別な権利がある。

 それは「側室」もしくは「正室」をメイドさんから選ぶ権利だ。

 簡単に言えば「公開推し宣言」で、指名したメイドさんと特別なチェキを撮り、それを店の壁に貼り出すのだ。この権利は各メイドさんにとっても一回きりで、基本的には別の人と撮り直すこともできない。あと申告がない限り、メイドさんが卒業した後にもチェキは壁に残り続ける。

 ワシは店に行くたび、壁に貼られたチェキの群れを眺めていた。写っているのは見知っている常連さんと、ワシも会ったことのない歴代のメイドさんたち。台紙には各メイドさんの名前と日付、直筆メッセージが添えられていて、まさに戦国メイド喫茶の歴史そのものだ。ちなみにワシの元推しである前田きゃりんちゃんのチェキもあり、見るたびに羨ましく思ったものだ。これこそ「推し」と一生を添い遂げる、大名と征夷大将軍だけに許された特典なのだ。

「で、ワシも大名になったんだが」

 ヌルっと手形は更新され、特別感のある白地のものになった。かくしてワシもメイドさんを側室に迎える権利を得た。

「かっちゃん、どうよ? 大名になった?」

「お、ねこさん。ほれ」

 話しかけてきたのは同じ朝倉軍のねこさんだ。当然、彼も推しであるきょうちゃんと大名チェキを撮りたい身で、以前からどちらが早く大名になれるか競っていた。

「負けたかぁ、しょうがない、きょうちゃんと大名チェキ撮りなよ」

「ああ、まぁ。そうだな、ねこさんには将軍チェキの方を譲るからさ」

「よし、約束だからな!」

 ワシが大名チェキを、ねこさんが将軍チェキを撮る。それが朝倉軍を作った者たちの使命だと信じていた。朝倉きょうちゃんと撮ったチェキを店の壁に貼ることで、ワシらも戦国メイド喫茶の歴史に残りたかったのだ。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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