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ギクシャクした推しとの関係……柴田勝家に一歩踏み出す勇気をくれたもの

マツコ・デラックスが驚愕し、神田伯山を絶句させた、異形のSF作家・柴田勝家。武将と同姓同名のペンネームを持つ彼は、編集者との打ち合わせを秋葉原で行うメイドカフェ愛好家でした。2010年代に世界で最もメイドカフェを愛した作家が放つ、渾身のアキハバラ合戦記。

前回は、推しのきょうちゃんが巻き起こした波乱のエピソードでした。
今回、柴田さんはどう仲直りすべきか悩みます。
イラスト/ノビル
イラスト/ノビル

真田かおりこちゃんの気遣い

 前回、推しの朝倉きょうちゃんとの間にすれ違いが生まれてしまった。

 というわけで、正直に言ってワシも戦国メイド喫茶に行くのが億劫だったのだが、なんだかんだ通い続けた。その理由の一つは、いわゆる「火消し」である。朝倉きょうちゃんが常連客と付き合っている、という噂は広まり続けている。これを放置すればどんどんと悪い方向へ転がり、やがて店をクビになってしまうかもしれない。そう思って、ワシは店に行って常連と話す中、それとなく「あの噂、全然問題ないっすよ!」みたいなことを言い続けた。

 どうしてそこまで肩入れするのか、そう思う人もいるだろうが、結局ワシはきょうちゃんのことが好きなのだ。夢を叶えることもなく彼女に店を去って欲しくなかった。誰が好きでも構わない、メイドさんとして一番になってくれれば、という思いだ。

 ともかく、この地道な工作活動によって朝倉きょうちゃんの悪い噂は消えていった。というか飽きられた。ゴシップというものは、瞬発力はあるが持続力はないのだ。

「しかし、やはり疲れたな」

 その日も、ワシは一人で戦国メイド喫茶に行った。人付き合いは苦手ではないが好きでもない。それが推しのために無理して人と話すことが増え、特に疲れていた時期だった。

「あ、勝家さん」

 ワシを出迎えてくれたのは、真田かおりこちゃんだった。彼女の案内に従って席につくと、不意に後から楽しげな声が聞こえた。

「お、かっちゃんいるじゃーん!」

「ああ、たくみん」

 いつも明るく楽しい、我がメイド喫茶友達のたくみんが来店した。そんな彼の登場に対し、かおりこちゃんが悩むような表情を作った。

「よっと、じゃあ俺もかっちゃんの隣に……」

 ふと、かおりこちゃんは笑顔を作りつつ手を出してたくみんを制止した。

「たくみんはあっち、離れたとこ座って」

「ほーい」

 単に店の都合と考えたのだろう、たくみんは手を振って去っていく。残されたワシに向かって、かおりこちゃんが優しく微笑みかけた。

「勝家さん、今は一人でいたいよね。色んな人と話すのって疲れちゃうしね」

「りこちゃん……、いや、かたじけない」

 望外の喜びがある。かおりこちゃんはワシを慮って席を離してくれたらしい。ワシが人付き合いに疲れていたことも彼女にはお見通し。これこそがメイドさんである。

「きょうちゃんのことも、知ってるよ。勝家さんも無理しなくていいからね」

「……かたじけない」

 そこでワシは、これまでの諸々をかおりこちゃんに話すことにした。いかな猛将とてメイドさんに弱音を吐くこともあるのだ。と、格好つけて言ったが今後もガンガン弱音を吐いていくことになる。

「きょうちゃんは良くなかったと思う。でも、勝家さんが許してるなら私が言うことでもないかな。だけど辛い思いまでしなくていいんだよ」

「いや、その通りだ。ただ、もう少し彼女と話してみよう」

「うん、応援してる。頑張って」

 誰よりも優しい微笑みがある。実に頭の下がる思いだった。

 かおりこちゃんはきょうちゃんにとって一番近い先輩であり、彼女自身も多く悩んだことだろう。それがワシの方を力強く励ましてくれた。これで惚れなきゃ嘘である。実際、ワシはきょうちゃん以上にかおりこちゃんを推したい気分になったのだが、これもメイド喫茶の複雑怪奇なところ。真面目なかおりこちゃんのことだ、ここでワシが簡単に「推し変」をかましたら、彼女は罪悪感を抱いてしまうかもしれない。そんな薄情なことはしたくない。つまり正解は、励ましてくれたかおりこちゃんのためにも、きょうちゃんと仲直りして安心させる、だ。

 なに、やってやれないことはない。ワシは勇気をもらって再び推しと対峙する。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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