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柴田勝家、戦国メイドカフェで征夷大将軍になる

推しの卒業式で涙を堪えた柴田勝家──秋葉原の中心で〈永遠〉を考える

ドンペリもみんなで出せば怖くない

 そして来る6月6日、戦国メイド喫茶にて「前田きゃりん卒業式」が幕を開けた。

 店のエレベーター前には、大きなオレンジ色のスタンドフラワーが飾られていた。パネルにある「前田きゃりん卒業おめでとう 前田軍一同」の文字は、今日が彼女と会える最後の日なのだという現実を突きつけてくる。

 やがてイベントが始まった後、藤色のドレスに身を包んだきゃりんちゃんが店内に現れた。ワシは入り口近くのボックス席に座っていたから、彼女が来たことにすぐ気づくことができた。

「あ、翔ちゃん、おはよー!」

 ワシに手を振った後、他のメイドさんに挨拶し、また常連さんたちにも手を振っていく。見た目はおしとやかなドレス姿だが、きゃりんちゃんの元気な姿は変わらない。自分のイベントだというのに、ゆっくり構えることもなく、バタバタとホールを歩いて一人でも多くの人と話そうとしていた。

 人と話すのが好きで、誰よりも動いて、周囲を明るくさせる。ワシが推そうと思った時と同じ姿を、こうして卒業の日にも見ることができたのだ。

「勝家さん」

 そんな中、卒業式限定フードを食べているワシに声をかけてきた人がいた。

「あれ、カルーアさん」

 眼鏡の優しそうな男性だ。今まで多くからみがある訳ではなかったが、実は彼も前田きゃりん推しの仲間だった。というか、前田軍は基本的に自由なので横の繋がりが薄い。そんな彼が声をかけてくれたということは、おそらくイベントに関することなのだろう。

「ちょっと、裏来てもらっていいですか?」

「ういっす」

 ワシはカルーアさんに連れられ、店の非常階段へ向かう。するとそこに、前田きゃりん推しの常連さんたちがたむろしていた。店内は人の熱気で暑く、ある意味で避難所にもなっているらしい。ただ、目的はそれだけではなかった。

「寄せ書き、いいすか?」

 カルーアさんが色紙とマジックを手渡してくる。色紙の中心には「前田きゃりん卒業おめでとう」の文字があり、数多くの常連たちが彼女へ送る言葉を書き連ねていた。これが卒業式に渡される贈り物の一つだ。ワシも全てを悟り、きゃりんちゃんに出会えて良かった、といった旨の言葉を記していく。

 すると非常階段の扉が再び開く。次に呼ばれたのはなおやてんだった。彼もまたワシと交代で色紙に思いの丈を書き込んでいく。

「あ、そっか、二人とも前田推しか」

 ワシとなおやてんが色紙の出来を語り合っていると、カルーアさんが不意に何かを思いついたらしかった。

「あの、ですね。この後、最後にきゃりんちゃんにドンペリ入れようと思うんですけど、前田軍で割り勘にできれば、って考えてて」

 その申し出にワシとなおやてんも大きく頷いた。一人でシャンパンを開けるのは大変だが、こうして皆で出せば怖くない、という思いだ。

「もちろん、ワシはオッケーっすよ」

「俺もいけます」

 これを受けてカルーアさんも安心したように頭を下げてくる。ワシとなおやてんから一万円ずつ、これを使えば最も高い十万円のボトルが入れられるという。

「本当にありがとうございます、これで無事に送り出せます。それと──」

 そこでカルーアさんは、集めた寄せ書きを渡すタイミングなど前田軍としてこれからするべきことを周囲の皆に伝えていた。彼自身は最後までいられないとのことで、代わりに見送って欲しいとも。普段は群れず属さずの気概を持っている前田軍だったが、この言葉には一致団結したのだった。

「ところでドンペリの特典なんですけど」

「そんなのあるんですか?」

 今なら余裕で理解していることだが、イベントで高いシャンパンを注文すると特典がつくのだ。シャンパンのランクによって特典も変わり、音声メッセージやツーショット写メから私物プレゼントまで様々にある。

「ええ、一番高いやつなんで、メイドさんが自由に決められるそうで。きゃりんちゃんは昔の制服をくれるって言ってました」

「え、制服!?」

 何気ない言葉に前田軍がざわついた。

「でも割り勘なんで、どうしましょう」

 喧々諤々となる非常階段。やがて出された結論は。

「制服、切り刻んで分けましょうか」

 冗談のはずだが、ひとまずこれで決着した。

ラストライブの光景を胸に焼き付ける

 そして最後の時は近づいていた。

「えーと、それじゃラストライブの前に挨拶しよっかな」

 ステージ上のきゃりんちゃんが、マイクを持ったまま店内を見回す。今まで話してきた全ての人たちとの思い出を噛み締めているようにも見えた。

 正直に言えば、卒業イベントだからといって推しと沢山話せるわけではない。この日だって会話できたのは一瞬だ。でも、それでいいのだ。彼女はその場にいる皆を楽しませたいと思っていて、ワシらはその姿を見るのが好きだったのだから。

「で、えっと、あはは、何を言えばいいんだったかな」

 最後の挨拶も雑然としていたが、それでも店に来て良かったこと、秋葉原が大好きだということを伝え、今日まで見守ってくれた全員への感謝を述べていた。

「それで、えー、なんだろ。ま、いっか。これで終わり!」

 雑な終わりに笑いが漏れる中、ステージの反対、入り口側から声があがった。

「ちょっと待ったぁ!」

 これまで席を離れて待機していた前田軍が、このタイミングで前へと進み出る。ワシとなおやてんも彼らに付き従う。

「卒業おめでとう!」

 前田軍が全員で唱和し、彼女のために用意した花束や色紙を手渡していく。ワシは末席のような場所だったが、それでも感謝を伝える時間となった。

「きゃりんちゃん、えーと、思い返すと変な感じで推しになったけど、ずっと変わることはないぞ」

「あはは、翔ちゃん緊張してんじゃん。でも、ありがとね!」

 全員からの贈り物を受け取り、きゃりんちゃんが再び皆に向き直る。その後、集合チェキを撮り、あらかたの片付けも終わり、前田軍も席へ戻る。最後にラストライブのため、きゃりんちゃんの推し色であるオレンジのサイリウムをお客さん全員に配っていく。

「それじゃ、歌うかー!」

 そして彼女のラストライブが始まった。店内は暗くなり、代わってお客さんたちがサイリウムを折って光を灯していく。以前に異界送りと称した光景がここにある。情感たっぷりに歌うきゃりんちゃんに対し、お客さんもサイリウムを振ることで応えていく。

 泣きそうになるのを堪えつつ、この光景を胸に焼き付けた。

「いいなぁ」

 曲が間奏に入ったところで、ふと呟きが聞こえた。

 見れば、ワシの近くに一人のメイドさんがいた。新人の子で、朝倉義景の娘である朝倉きょうちゃんだった。

「私も、きゃりんさんみたいになりたいな」

 サイリウムを振りながら、ワシはきょうちゃんに視線を送った。

「なれるさ、頑張ればな」

「うん、そうだよね。頑張ります!」

 ワシと朝倉きょうちゃんが二人、ステージ上で楽しそうに歌うきゃりんちゃんを見ていた。やがて、この朝倉きょうちゃんがワシの人生を変えるほどのメイドさんに成長していくのだが、この時はまだ知る由もなかった。

 そしてラストライブが終わり、前田きゃりんちゃんは満面の笑みを浮かべながら全員に手を振った。

「以上、前田きゃりんでした! お世話になりましたー、じゃあね、バイバーイ!」

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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