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柴田勝家が思わずケチャを送った、前田慶次の娘のあっぱれな歌唱力とは?

ワシは、バリ島の伝統舞踊ケチャを送る

 さて、いよいよアウト×デラックスの収録が始まった。

 今回はスタジオ収録前に、番組で使うメイド喫茶のシーンを先に撮るというものだった。ワシはスタッフの人らと共に秋葉原へ降り立ち、悠々と狭い路地裏へと導いていく。雑居ビルの裏口から入って時空転送装置へ。もはや慣れたものだ。

 そうして戦国メイド喫茶に着く。入店前から既にカメラは回っている。店の入口で出迎えてくれたのは奇遇にも前田きゃりんちゃんだった。この辺りは偶然だったと思うが、彼女も彼女でカメラに怯むような性格ではないらしく、普段の通りに案内を済ませてくれる。

「ではご案内致します! 足軽大将様のご帰城でーす」

 ちなみに、この時点でのワシの称号は足軽大将。まだまだ駆け出しだ。

「ご注文はお決まりですか?」

 席に通されるが、すぐ近くにはカメラと照明。なかなかに慣れない光景だ。平日だったので他のお客さんは少ないが、それでも目立って仕方がない。

「あ、そうだ。なんか歌おっか?」

 と、不意にきゃりんちゃんからの提案。

 これはテレビ的にも美味しい提案である。ただニヤニヤしているヒゲ男を撮るより、メイドさんが歌って踊る姿を見せた方が良い。そう思い、周囲のスタッフさんとも図ってライブをリクエストした。説明しておくと、この戦国メイド喫茶ではカラオケを使ってメイドさんに歌って貰える。もちろんメイドさんごとに得意な歌などは異なるが、今回はメイド喫茶感を全面に出すために店のオリジナルソングとなった。

「じゃ、歌うね!」

 ステージに立ったのは前田きゃりんちゃんと、通い始めた頃から馴染みのある武田ほむほむちゃん。この二人のデュエットだ。

(うむ、今日も良い感じだ!)

 ワシは自分の席で小さくケチャを送る。この語も説明しておくと、地下アイドルのライブなどで楽曲の合間に観客が行う仕草だ。歌唱するアイドルへ捧げるように手のひらで仰ぎ、また時に手首を捻って素早く両手を回転させ、再び曲に合わせて差し伸べる。バリ島の伝統舞踊であるケチャに似ていることからつけられた名称だ。

 独自に進化しすぎて既に似ていない気もするが、これが秋葉原の祈りの形だ

(良いもんだな)

 そう、前田きゃりんちゃんは歌が上手い。

 伸びのある声で、情感を込めて歌い上げることができる。この店では一二を争う上手さだし、そうでなくても聞く人を魅了する歌声だ。そこにメイドさんとして、聴衆を楽しませようという思いが加われば十分すぎる。

 その時のワシは、歌っている前田きゃりんちゃんに見惚れていたと思う。テレビカメラも眩しすぎる照明も関係なかった。

「以上、前田きゃりんでした!」

 ライブが終わり、ワシは拍手を送る。この時点で半分くらい撮影のことを忘れていた。完全に普通にメイド喫茶に遊びに来たオタクに戻っていた。

「柴田さん」

 そんなワシに番組スタッフの人が話しかける。

「ちなみにですけど、このお店で好きな人とかいるんですか?」

 むむ、と一気に現実に引き戻された気がした。

「ねぇ、歌どうだった?」

 そして、歌い終わったきゃりんちゃんが離れた席にいたワシに話しかけに来る。

「あー、好きなメイドさん、というか推しは……」

 チラと横を向いてきゃりんちゃんお顔を見る。ライブの満足感からか、とても晴れ晴れとした表情をしていた。彼女は大人っぽい顔つきなのに、なかなかどうして無邪気な姿が似合う。

「前田きゃりんちゃんが、推しですかね」

 ワシは紹介するつもりで彼女に視線を向ける。

 テレビを使っての推し宣言である。まるで公開告白、まるでサプライズのプロポーズ。しかし、なんとも格好のつかないのは、ワシが大いに照れていたからだろう。

「えーー?!」

 それと当のきゃりんちゃんが、一番信じられないみたいな声を上げていた。

(つづく)

 連載第5回は1/13(木)公開予定です。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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