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ライジング!

第7回 電子化は絶対NG! 大御所漫画家の胸の内 

あの大御所漫画家に、感動の初対面

 松田が藤本と共に応接室に通され、立派なソファーに座って数分後。ジャージ姿の老人がぬぼーっと入って来た。天神旭也だ。作業中は常にジャージを着ているという話を知っていた松田だったが、実際に目の当たりにすると、あまりのラフさに少し面食らってしまった。コミックスの著者近影では、洒落たスーツを着ていることが多いので、松田の中では「天神旭也=フォーマル」というイメージなのだ。

「お疲れ様です」
 藤本がスッと立ち上がって挨拶をしたので、松田も慌てて後に続いた。
「お疲れ様です!」
「電話でも言いましたが、こいつは後輩の松田太陽です。今日は話があるとかで、一緒に伺わせていただきました」
「デジタル開発部の松田太陽です。あの――
 松田が言葉を続けようとするのを手で制して、天神はバリトンボイスを応接室にひびかせた。
「まずは原稿の話をさせてもらうよ。キミとは後で話そう」
「は、はい!」
 
 松田の返事を受けて軽く頷いた天神は、手に持った原稿を藤本に差し出し、二人の正面のソファーに腰を沈めた。原稿を押し頂くように受け取った藤本は「失礼します」と言ってソファーに座り、すぐにそれを読み始める。
 松田もソファーに座り、そっと天神の方を盗み見た。
 年齢は六十四歳だと聞いているが、それよりも上に見える。年老いて見えるということではなく、貫禄があるのだ。背は高く体格には恵まれているのだが、頬は少しこけている。そして鋭い眼光と引き結んだ口元は意志の強さを思わせた。
 髪はロマンスグレーでオールバックにしている。作業中は邪魔にならないようにポマードで固めているのだと、何かのインタビューで読んだことがあった。

「ネームから少し変えたよ」
「はい。良くなってると思います」
 時折、天神と藤本が言葉を交わす以外は、原稿をめくるパラッ……パラッ……という音しか聞こえない。
 時間にして数分だろうか。藤本が原稿から顔を上げた。
「最後のセリフの〝切る〟は車にオノの〝斬る〟じゃなくていいですか?」
「ああ……そうだな。ザンの方にしよう」
「わかりました。他は問題ないかと思います。ありがとうございます」
 そう言って藤本は原稿を丁寧に封筒に入れると、その封筒をまた丁寧に専用のカバンに入れた。
「では失礼します。……あんまり長居するなよ、松田」
 それだけ言うと、藤本はそそくさと帰ってしまった。

「あっ……」
 急に二人きりにされてしまった松田は、途端に心細くなった。今この部屋には、天神旭也と自分しかいない。そう考えるだけで鼓動は急激に早まった。
「あ、あの……これ、お土産のカヌレです」
「カヌレ?」
「あ、あの、ちくわぶみたいなものです!」
 野島の説明を拝借したのだが、端折りすぎてしまった。絶対に伝わっていないだろうなと思いつつも、説明を足すタイミングも逸した松田は、つい黙り込んでしまった。シン……と静まり返る応接室。
そんな気まずい数秒の沈黙を破ったのは天神だった。
「話があるって?」
「そうなんです!」
 もう言うしかない。松田は意を決して、大きく息を吸いこんだ。

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志田用太朗

京都府出身。小説家。
第16回エンターブレインえんため大賞優秀賞を獲得して、2015年にデビュー。
集英社みらい文庫からは『僕らのはちゃめちゃ課外授業 一発逆転お宝バトル』シリーズなどが好評発売中。

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