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ライジング!
今や、当たり前にスマホで漫画を読む時代。
才能ある作家と、新しい読者をつなぐために――編集者は新たな挑戦に乗り出す!
とある出版社の漫画アプリ開発に秘められた、汗と涙と笑い(と美食)を描くお仕事小説、開幕!

前回、大御所漫画家・天神旭也に電子化の許諾をもらいに行った太陽だが、取り付く島もなく断れてしまう。

小説「ライジング!」は『週刊ヤングジャンプ』公式noteでも絶賛連載中です。

※この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。

第8回 デキる男は、ランチタイムのエビフライからも“気づき”を得るのだ!

「ライジング!」 第8回

――で、アップルパイとカヌレを食べて帰って来たと」
「はい……」
 
 照鋭社に戻って来た松田は、ヤングホープ編集部で天神家訪問の顛末を小柴と野島に話していた。
「にしても天神先生もなかなか強情ですね、コシさん」
「そうだな。でもよくやった方だぞタイヨー。アップルパイとカヌレを食べられたわけだし。カロリー的にはプラスだ」
 独特ななぐさめ方をする小柴だったが、松田の肩は落ちたままだ。
「でも、〝マンガホープ〟にとって大事な交渉だったのに……失敗してしまって、申し訳ないです」
 その言葉に即座に反応したのは野島だった。
「何言ってんだ。まだ失敗って決まったわけじゃないだろ」
「野島の言う通りだ。我々も一回目でOKが貰えるなんて思ってなかったぞ。一打席目でホームランが打てたらそりゃ最高だけど、あの王貞治だって、通算成績でいうとホームランを打てたのは十打席に一回なんだから。タイヨーみたいな若手が、いきなり最高の結果を出そうと思うなんて、おこがましいぞ」
「はい……だけど何度もご自宅に伺っていいものか……天神先生迷惑そうでしたよ」
「迷惑は迷惑だろうな」
 野島はあっさりそう認めてから、松田に諭すように言った。
「迷惑だろうけど、こういったお願いごとをされるのは人気作家の宿命なんだよ。だから我々は誠意をもって、何度も粘り強く交渉していくんだ。作品の電子化は、天神先生にとってもプラスになるって思ってるんだろ?」
「はい」
「じゃあ迷惑がられようが、またお願いしに行くべきと思わないか?」
「ですね……そうですよね! 分かりました!」

 松田が人一倍乗せられやすい性格だということもあるが、野島は人にやる気を出させるのが上手かった。落ち込んでいたはずの松田が、もうすっかりやる気になっている。
 その様子を見たポツリと小柴がつぶやく。
「天神先生もタイヨーみたいに単純だったらなぁ」
「ですね。あいつポーカーとかババ抜き弱いんだろうなあ……」
 二人にそんなことを言われているとはつゆ知らず、松田は「よーし! 次はきっとうまくいくぞ!」と謎の自信を漲らせていた。

 しかし、事はそううまくは運ばなかった。
 その後、何度足を運んでお願いしても、天神旭也は電子化に同意してくれなかったのだ。原稿終わりに藤本と自宅へ行き、その都度断られて帰ってくる。そんな地獄のルーティーンが三か月以上続いていた。その間に変化したことといえば、松田の体重ぐらいだ。訪問した際に奥さんが必ずお菓子を持って来てくれるので、それを毎回食べていた松田は、ゆっくりと、だが着実に太っていった。
 そんなある日、野島は松田を少しでも元気づけようと昼ごはんに誘った。

 野島が選んだ店は洋食屋の〝ジェラルド〟だった。ご飯でも食べながら、悩みを聞いてやろうと思っていたのだが、店員さんに「席は別でいいですか?」と聞かれたときに野島は思わず「はい」と答えてしまっていた。〝ジェラルド〟は人気店で、混雑時にまとまった席を確保するのは困難だ。そのため、お客さんが二人以上で来店した場合は、店員が許可を取った上でバラバラに座ってもらう場合があった。
 もちろん、並びの席があくまで待つこともできたのだが、野島はいつものクセで席を別にするのを許可してしまったのだ。
 野島は軽く後ろを振り向きながら松田に言った。
「タイヨーはこの店初めてか?」
「実はそうなんです。いつも行列ができてたので入れなくて」
「カレーが有名な店だけど、エビフライとしょうが焼きのセットがオレのオススメだ」
「分かりました」
 松田が返事をすると、二人はそれぞれ別の席に案内された。

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志田用太朗

京都府出身。小説家。
第16回エンターブレインえんため大賞優秀賞を獲得して、2015年にデビュー。
集英社みらい文庫からは『僕らのはちゃめちゃ課外授業 一発逆転お宝バトル』シリーズなどが好評発売中。

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