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南和行「離婚さんいらっしゃい」

夫が消した社内定期預金の行方

チキ子の社会復帰

とはいえ年子の子供たちが小さいうちは、
チキ子はなかなか働きに出られなかった。

ただ、チキ子は、自分のお金を使うという、
母親のアイデアを少し真似ることにした。

チキ子が働いていたのは五年くらいだったが、
その間、チキ子はあまりお金を使わなかったから、
それなりに貯まっていた。

夫名義で、保障の大きい生命保険を契約し、
利回りが少しだけ優遇される社内定期預金に、
夫に入ってもらった。

生命保険は、
「いつ何があるかわからないから」、

社内定期預金は、
「家を買うときに頭金にできるし、
 住宅ローンの優遇金利が使えるから」
と夫に説明した。

その結果、夫の給料からは、
けっこうな額の貯蓄の引き落としがされるので、
日々の生活費はカツカツになった。

そして生活の中で足りない部分は、
わずかであるがチキ子が結婚まで働いて、
貯めていた貯金からまず切り崩すことにした。

「子供が手を離れるようになったら、
 なんでもいいから仕事をしよう」

「だから今、自分のお金を吐き出そう」

とチキ子は思うことにした。

自分の貯金が減ってくると思うと、
生活の細かいところまで気を遣うようになった。

子供に無理な我慢をさせたくなかったが、
「しんどい」を言い訳にした、
ついつい使ってしまう無駄な出費が減った。

そして長男が四才、長女が三才になったタイミングで、
チキ子は仕事を探すことにした。

子供が小学生になってしまったら、
小学校一年生は早くに学校が終わるから、また外に出にくくなる。

チキ子は派遣会社の面接をいくつか受け、
資格というほどのものはなかったが、
経理の仕事ができるということから、
地元の中規模の病院の経理事務に派遣が決まった。

もともと夫の扶養の範囲内で働く予定だったから、
勤務時間はあまり長くなかったが、
久しぶりに社会に出ることには緊張した。

ワンオペ育児の四年間は、
いつ頂上にたどり着くのかわからない山登りのようだったので、
突然に上り坂が終わり景色が開けたような、
そんな気持ちだった。

ありがたいことに保育所もすんなり決まり、
家を出る時間が早い夫のほうが、
子供を保育所に連れて行く役割になった。

チキ子が働き始めてからも、
夫の給料からは社内定期預金と生命保険、
そして新しく入った子供二人の学資保険の支払いをし、
日常の生活費をチキ子の給料から支出するようにした。

週末は家族四人で、チキ子の実家に行ったり、
夫の実家に行ったりすることが増えた。

子供たちは二人ともどちらの祖父母のことも好きで、
どちらの両親も孫をかわいがってくれた。

そのぶん週末の食費の負担は軽くなったし、
お金のかかるような行楽は、
祖父母が実質的に負担してくれる形になった。

そうすると、チキ子も、
心に余裕ができてワンオペ育児で、
しんどかった四年間のことを、
落ち着いた気持ちで振り返ることもできた。

夫は、家の中のこと、子育てのこと、
家族の将来設計のこと、
全てチキ子の希望を優先してくれた。

そう思うとチキ子は、
「これからもずっと一緒にいるのだから」と、
夫に対して温かい気持ちをまた持つことができた。

チキ子が社会復帰して一年足らずで、
三人目の妊娠がわかった。

予想外の三人目

三人目の妊娠は計画的なものではなかった。

もちろん心当たりはあったが、
そんなに簡単にタイミング良く妊娠するのかと驚いた。

ただ妊娠したからにはまた出産がやってくる。

チキ子は、ぎりぎりまで働いて、
出産は実家に帰ってすることにした。

子供二人も実家に連れて帰って、
母親にみてもらうことも考えたが、

意外なことに夫が、
「自宅で子供二人の面倒をみる」と言ってくれた。

チキ子が実家に帰った二ヶ月弱、
夫からは毎日、
子供の動画や写真がスマホに送られてきた。

そして上の子供たち二人と夫が見守る中で、
チキ子は三人目の出産をした。

三人目も女の子だった。

年子の長男と長女、少し離れた次女と、
仲良く育ってほしいとそれだけを思った。

そして三人目のときも、
〇才児保育の保育所がすぐに見つかり、
チキ子はすぐに仕事を探すことができた。

運良く前の派遣先の病院から、
直接雇用のパートタイムで働かないかと声がかかり、
すぐに働き始めることもできた。

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南和行

みなみ・かずゆき●1976年大阪府生まれ。京都大学農学部、同大学院修士課程卒業後、大阪市立大学法科大学院にて法律を学ぶ。2009年弁護士登録(大阪弁護士会、現在まで)。2011年に同性パートナーの弁護士・吉田昌史と結婚式を挙げ、13年に同性愛者であることを公言する同性カップルの弁護士による弁護士事務所「なんもり法律事務所」を大阪・南森町に立ち上げる。一般の民事事件のほか、離婚・男女問題や無戸籍問題など家事事件を多く取り扱う。著書に『同性婚―私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日―弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)がある。
大阪の下町で法律事務所を営む弁護士の男性カップルを追った、本人とパートナー出演のドキュメンタリー映画『愛と法』が話題。
・なんもり法律事務所
http://www.nanmori-law.jp/
・南和行のTwitter
https://twitter.com/minami_kazuyuki
・吉田昌史のTwitter
https://twitter.com/yossy_nan

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