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せきしろ「東京落物百景」
落とし物の数だけ、物語がある――。落とされたモノにも、そして落とした人にも。
『去年ルノアールで』『たとえる技術』などの著作で知られる作家せきしろが、東京の街の片隅で、本当に見つけたさまざまな落とし物について考える妄想ノンフィクション。
前回は、令和の1回目にふさわしく(?)平成に大流行したベッキーさんのものかもしれない携帯電話のストラップの落とし物についての話でした。今回は、たしかにいろんなバリエーションがあるドアプレートについて――。これも、たしかに部屋につけるの流行りましたよね?

「営業中」「心込めて営業中」「外出中ダヨ」「社長室」……いちばん哀愁のあるドアプレートはどれ!?

かつて都内の路上にて発見したというドアプレート。しかしなぜ、いま紹介するのかは、最後の追記に答えが!(写真/ダーシマ)
かつて都内の路上にて発見したというドアプレート。しかしなぜ、いま紹介するのかは、最後の追記に答えが!(写真/ダーシマ)

『探偵物語』で意識し、親戚や友達の家であこがれたドアプレート

昔、松田優作主演の『探偵物語』というドラマがあった。オープニングで松田優作が『CLOSED』と書かれたドアプレートをひっくり返すとそこに『探偵物語』とタイトルが書かれていて、それが子どもながらにカッコ良いと思ったものだ。思えば私がドアプレートを始めて意識した時かもしれない。

親戚の家に遊びに行くと、年上のいとこの部屋にもドアプレートがあった。それは『勉強中』だとか『睡眠中』だとか『外出中』などと替えられるタイプのものだった。それがまたカッコよくて仕方なかった。家族旅行で行った観光地にも似たようなプレートが売っていて、今思えばそれはかなりファンシーなデザインであって『外出中』ではなく『外出中ダヨ』という時代を感じさせる表記であり、かつ『○○湖』という地名も入っていた記憶があるが、それでもドアにつけると自分だけの部屋ができた気がして満足した。

中学生になって友達の家に行くとドアにアクリル製の『立ち入り禁止』と書かれたプレートが貼ってあって、私はまたしても憧れた。帰宅してすぐにファンシーなプレートを外し、似たようなものを探しにホームセンターに行った。

そこで『社長室』というプレートと『非常口』というプレートを買い、カッコいいと思って自分の部屋のドアにつけた。当時住んでいたのは平屋の住宅で、ドアと言っても引き戸であったし、ほぼ開けっ放しだったので社長室とはかけ離れたものだった。それでもそこは社長室で、しかも非常口を兼ねていた。

やがてドアプレートが突如恥ずかしくなり、ドアに何もつけない大人になった。ホテルで『起こさないでください』のプレートを使うくらいだ。

ある日道に落ちているプレートが私の足を止めさせた。それには『営業中』と書かれていて、アスファルトの上で白さが際立っていた。どこかの店で使用しているものが風で飛んできたのか、あるいはもう使われていないものなのかはわからなかった。

街を歩くと店の前には『営業中』や『準備中』などのプレートがある。よく見ると『営業中』だけではなく、『一生懸命営業中』だとか『心込めて営業中』などバリエーションがあることに気づく。営業中という言葉を使わないパターンもあり、『只今元気に商い中』や『やってます』、『おいでませ』などもある。どれも似たようなフォントであることが多い。

私は考える。同じ店が並んでいたとする。店構えもメニューも味も同じ店だ。唯一違うのはドアの前のプレート。その場合、私はどの店に入るだろう。判断材料はプレートのみ。やはり『営業中』のみ書かれたシンプルな店を選ぶ気がする。

ただ、道に落ちている場合は『営業中』もなかなか哀愁があるが、『心込めて営業中』のプレートが落ちている方が哀愁はかなり増す。『おいでませ』が道に落ちていたらもう悲しさしかない。

ただ哀愁ナンバーワンはあの日買った『社長室』に違いない。

*

ちなみに写真は2012年頃に撮影したもので、又吉直樹氏との共著である自由律俳句集『カキフライが無いなら来なかった』の文庫版の表紙として使用した。そしてこのたび自由律俳句集の第三弾の発売が決定した。夏ごろに店に並ぶと思われるが、詳細はまた次回にでもお知らせしよう。

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せきしろ

せきしろ●1970年北海道生まれ。主な著書に、映像化された『去年ルノアールで』や、映画化された『海辺の週刊大衆』、『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』(共に双葉社)など。また、又吉直樹氏との共著『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)も。
ツイッターhttps://twitter.com/sekishiro

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